都落ち
四月。
桜は満開になり、人々は新しい世界に胸を躍らせる。
家の近くにある桜も、普段は同じように咲いていたが、今年は三月の半ばに満開になったが、最近雨で散ってしまった。俺は、毎日地に落ちた花びらをただただ眺めていた。
今日もただその桜の花びらを眺めているとブーブー、とバイブレーションが鳴る。携帯電波の画面には、『母』という文字が映し出していた。俺は、また長くなるな、と思いながら電話をとる。母の声だ。いつものように元気か、と聞いて来たので俺は軽く返事をした。
その後、母とは他愛もない話をしていたが、ある時、母の口から出たこの言葉に俺は耳を疑った。
「そういえば、憶えてるでしょ、智也くん」
智也は、二十歳ほど歳の離れた従兄弟で、俺がとても可愛がっていた。
「あの子、城西高校に合格したのよ」
俺は、言葉を返すことができなかった。
「合格が分かったとき、泣いて喜んでたらしいわよ。あんたは、泣いては喜ばなかったけどね」
もちろんだ。あんなところ、あの時には泣いて喜ぶほど入るのには難しくなかった。だが卒業のときには本当に泣いて喜んだ。嬉しかった。ようやくあいつらに会わなくて済むと——
俺も昔は、神童と呼ばれていた。中学校の勉強も余裕で、わからないわからないと言っていた周りを、本気でバカだと思っていた。だから、学校の先生には、県一の進学校の城西高校を勧められた。偏差値は七十五。普通の中学生ならまずは入れない学校だが、まだ『神童』だった俺には、勧められた通り志望した。そして簡単に合格した。超進学校と言われても所詮簡単だ、と俺は高をくくっていた。この先の絶望も知らずに。
そして入学の日。俺は胸を張ったような様子で城西高校の門のくぐった。二時間ほどの入学式。校長先生の話を聞いたりしたあと、教室に戻って実力の確認としてテストを受けさせられた。しかし、受験が終わってから全く勉強してない俺にはとても難しいテストだった。このときはみんなそんなもんだろうと思っていた。
その二日後にテストは返却された。点数は五十点中十八点である。だが、悪いことは知っていたので気にしなかった。
高校生活が始まって一週間。俺にも友達と呼べる人物ができた。帰りの電車が同じ方向で、たまたま話す機会があったからだ。彼とは多くのことを話した。中学生のときのことや家族のことなど。実際、彼とは今でもたまに食事に行く仲だ。
いつものように帰りの電車で話していたとき、たまたま前のテストの話になった。俺もテストの点数悪いんだよね〜、といった彼。一体何点だったのかと聞いた。
その得点を聞いた途端、俺は言葉を失った。
五十点中三十二点。それが彼の点数だった。
さらに、点数がすごい低かった、と言い出した。そんなことはあるまい。高いに決まっていると思っていた。
しかし、その考えも約一ヶ月後には崩れることになった。
五月中旬の中間考査。俺はあのテストの反省から、とても勉強をした。これぐらいならいい点が取れるだろう、と思っていた。
しかし、テストの合計点数は千点中の五百二十二点。学年順位三百二十人中の二百九十位。
その結果は、俺の自信をへし折った。
そして俺は、『神童』から『凡人』へ変わった。
そして、俺は自堕落になった。部活動は帰宅部、学校行事は受動的、勉強はまったくせずに留年だけを回避した。高校の卒業式も、終わってすぐ帰った。
ちなみに進路も、勉強をしてないために簡単に入れるような大学である。
俺はクソみたいな人生を送ってしまった。とは言ってもあの学校のせいにしてはいけないし、俺があそこで折れてしまったのが原因と言える。
だから、智也には頑張ってほしい。もしギャップに襲われてもくじけないようになってほしい。そうただ願うばかりだ。
ふと桜が見える窓から空を見上げる。
まだ五輪ほど桜の花は散らずに残っていた。
それにしても、トランプゲームの大富豪のルールに「都落ち」ってあるじゃないですか。
あれってなんであるんですかね、やっぱり人間は中の上ぐらいがいいってことなのだろうか…