成長、期間なんて関係ない
「変態ベーシスト......」
一通り全体練習を終えた俺らを見ていた琴実が呟いた。
どうやらポスターの完成は近づいているらしく、バンドの見学をする余裕くらいはあるみたいだった。
「え?」
琴実の一言に結羽歌が目を丸くして問いかける。
「ちょっと待って......、この短期間でどうしたらここまでになれるのかしら? さてはチート使ったわね!」
「いやちょっと待って琴実ちゃん、それは違うよ?」
「さあどんなスキルを取得したのかしら!? 右人差し指を縦にスライドさせて見せなさい!」
この2人、仲は良くなってきているみたいだけど、ライバル意識が消えていないのは果たして良いことなのか悪いことなのか......。
俺には関係ないことだけど半分巻き込まれているって言ってもいいからな、音琶が微妙な表情している時点で察しろ。
てか変態ベーシストってこいつもなかなか言いやがるな、決して間違ってるわけじゃないんだけどさ。
あとスキルだのスライドって何のことだ?
「あなた......、何をしてここまでの実力を手に入れたのかしら、私にも教えて頂戴」
「うーん、ただ弾くときの感覚とか、音作りの工夫をしただけなんだけど......」
「......やっぱり私の目に狂いはなかったわ、あなたとは良い勝負ができそうで何よりよ、これで今までの演奏のままだったらただじゃ済まさなかったから」
「え、えぇ......」
琴実の言いたいことはわかる、俺もさっきの全体での演奏で真っ先に思ったことだからな。
簡潔に言うと結羽歌のベースが格段と上手くなっていたのだ。
5日前だったか......? 結羽歌が茉弓先輩にベース教えて貰うように頼んだのは。
それからどんな練習方法を試したのかはわからんけど、今までのが信じられない程に実力が上がっていた。
ぎこちなかった指捌きも正確なものになっていたし、音だって揺れてない。
確かにこの短期間で何があったのか、という話だったから琴実が驚くのも無理はない、俺自身も顔には出してないけど驚いたのは事実だし。
まああれだけ真剣に練習していた奴が現状維持を貫くなんて思えないし、ましてや下降なんて絶対に有り得ないはずだ、いつどのタイミングで覚醒しても不思議ではなかったしな。
「覚悟してなさい! 私も結羽歌以上のベースを完成させるんだから!」
バンド全体、というよりも結羽歌に向けて宣戦布告をする琴実だったが、今までとは違って決して鬱陶しいものではなかった。と思いたい。
「......なんかごめんね」
今一度俺を含めた3人に向かって謝る結羽歌。
まあいい、別にこれは俺が抱えるような問題ではないし、俺は俺で与えられた譜面通りに演奏して曲を完成させればいいのだから。
取りあえずこのバンドはベースの心配は無さそうだ、残る課題と言えば......。
「......」
さっきからギターの弦をいじっては納得のいかない表情をしている音琶が一番心配だった。
湯川のリードが走っているのは相変わらずだけど、そこはドラムの俺が上手くBPMを操れば何とでもなる。
湯川が不満を感じているのは百も承知だが、こいつの我儘を通すととんでもないことになりそうだから手遅れになる前にどうにかするしかなかった。
大体そんなやり方じゃ先輩達から嫌味言われるだろ、まずは全体として体裁を整えることを優先すべきなんだよな。
「音琶、もう少し肩の力抜けよ」
「......わかってるもん」
「別に俺は何も気にしてないからな、バンドのこととなればまた別の話だろ」
「......!!」
いや何驚いてんだよ、確かに昨日の今日で精神が安定していないのは仕方ないことかもしれないけど、一々気にしててもどうにもならねえだろ。
俺だって完全にいつも通りを貫けてる訳じゃないんだからさ。
「そんなことでいいと思うんじゃねえぞ」
「......だから、わかってるって」
こいつが俺の期待に応えようとして空回りしているってことくらい、わかってる。
琴実だって今までは音琶のこともライバル視していたというのに、今日は結羽歌だけに闘争心を向けていたことで危機感を感じたのだろう。
俺が音琶と同じ立場だったら、複雑な気分になるのも無理はない、か。
感情の起伏が激しい音琶のことだから、俺に告った次の日に何かしらのトラブルが起こりそうな気がするんじゃないかと思ったが案の定だったな、本当に面倒くさい。
帰り際、ベースが上手くいって機嫌のいい結羽歌と、それに対して少しばかりの嫌悪感を抱いているであろう音琶と並んで歩くのはとても疲労が溜るものであった。
***
夏音に想いを伝えて、言いたいことは言ったつもりだった。
でも、すぐに返事は貰えなかった。仕方ないことなのかもしれないとは思ったけど、やっぱり本心を言うとあそこで決着を付けたかったってのはある。これだって、私の我儘だ。
あの時は勢いで抱きついちゃったけど、時間を置いて考えてみると、私のしたことが果たして正しいことだったのか、なんて考えてしまう。
切り替えて練習に集中しようと思ったけど、時間の解決は夏音が本当の答えを私に伝えるまでどうにもならなそうだし、ここは私が待ち続けなきゃいけない。
付き合ってもいい、それが夏音の仮の答えだった。
凄い嬉しかったし、思い切って言って良かったって思ってる。
でも、それで満足しちゃダメなんだ。
バンドだって同じだ、今日の練習で確実に良い方向に向かっていたし、琴実だってあんなに楽しそうに結羽歌に宣戦布告なんかしちゃってたし。
私だって、誰かに認められるようなギターを創り上げていこうという想いを抱いてずっと頑張ってきた、頑張ってきたはずだ。
頑張っているのに、私だけが取り残されたような、そんな気がした。




