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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第7章 技術不足で誤魔化さないで
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発散、失敗なんて忘れてしまえ

 6月16日


 一夜明け、何とか授業についていき、終わった後はバンド練習。

 いつも通りの何気ない日常のはずなのだが違和感が拭えない、その原因はというと......。


「はあ......」


 練習が終わって帰る途中、隣を歩く音琶が溜息をこぼした。


「元気ないみたいだな」


 元気がない理由は察せるけど、敢えて知らないふりをしておく。

 練習が上手くいってないことや昨日の照明やらで色々抱えすぎていることくらいわかる。

 でもそういうのは本人の口から聞かないと意味がない。


「......」

「黙ってても伝わんねえよ」

「うん......」


 意地でも言わないのかよ、言ってくれてもいいだろ。


「......」

「......」


 結局それ以降一言も喋らないまま部屋の前に着いてしまった。

 音琶はもっと奥の方に住んでいるはずだから、ここで別れて俺はレポートに取りかかるとするか、提出日はまだ先だけど面倒事は早めに終わらせたいし、評定に入るから余裕はあったほうがいい。

 そうとなれば今すぐに部屋に入ろう、音琶の精神状態が気がかりではあるけど、何も言わないんだったら仕方ない。

 部屋の扉を開けようとしたその時......、


「夏音......」


 後ろから消え入りそうな声ではあるが、音琶が俺の名前を呼ぶのが聞こえた。


「......何だよ」


 俺は振り返らず、わざと低い声で返した。

 別にイライラしているとかいうわけではない、ただ単に音琶から名前を呼ばれたのが嬉しかったのだ。

 そんな感情を持つことができる相手なんてこいつ以外いないから困った物なのだ、この感情を表に出すわけにはいかないからこんな口調になったんだよな。


「......」


 何か言おうとして黙り込む音琶、流石に俺が何か言ってあげないとダメかもな、こいつ結構不安定だし俺が言うのも何だけど、放っておけない所があるというか......、何だかな。


「また何か食い物作ってやろうか」

「......いいの?」

「作ってやろうかって言ってるんだから良くないわけないだろ」

「......そしたら、遠慮なく頂いちゃうね」


 いつもなら元気がなくても、俺が何か作ってやるって言ったら調子が戻るのに、今日に限ってはあんま効果ないみたいだな。


「わかったよ、でも食材足りてないから買いに行くぞ」


 やっと俺は音琶の方を向いて、そのまま歩き出した。



「言っておくけど、俺は最低限のものしか払えないからな。あとは自分で払えよ」

「うん......」


 遅い時間だから買い物できる場所と言ったらコンビニしかなかった。

 決して安くないからあまり行きたくなかったけど、音琶のことを考えると仕方のないことだった。


 とは思ったものの、何を買おうか。

 尽きてきた食材の確保は明日の授業が終わった後に駅前のモールで済ませようとしてたけど、少し予定がずれた。

 部屋にあるものでどうにかできるような状況でもないし、どうしようか。

 コンビニともなるとスーパーで売っているような肉とか野菜はあまりない、陳列しているのは冷凍食品がほとんどだし、あとはカップ麺とかパン類とかだよな、米も予めパック詰めされてる奴しかないし。


「なあ音琶」

「ん?」


 酒缶が並んでいる冷蔵庫の前に立っている音琶を呼ぶと、既にカゴの中がビールやらチューハイやらでいっぱいになっていた。

 これ全部飲むのか?


「作れそうなものないんだけど、それでもいいか?」


 本当のことではあるけど、言い辛いな。


「一応、まだ卵は何個かあるはずだから、卵焼きくらいなら作ってやれるけど」

「いいよ」


 即答だった。まあ何も作れなくて機嫌損ねられるのはこっちとしても不服だしな。

 料理の食材は買えないとしても、簡単なつまみくらいは俺が払ってあげるとするか。


「明日授業は何限からだ?」

「午後からだよ」

「なるほどね......」


 想像するだけで頭が痛くなりそうな話だけど、音琶が手に取ってるカゴの中の酒を見ていると大変なことになりそうなのは明確だった。


「まだ他に買う物は?」

「これで私の分は全部」

「わかったよ」


 レジに向かう音琶の後ろで、俺はいくつかつまみと菓子をカゴに入れて並んだ。


 ・・・・・・・・・


 部屋に戻り、電気をつける。

 後ろの音琶もリビングに入ったら買った物をテーブルに置き、2人ほぼ同時に座り込んだ。


「なんか、ごめん」


 突然謝り出す音琶、別に謝るようなことでもないと思うんだがな。

 てかこのテンションだとどうも落ち着かない、いつもの元気なお前はどこいった。


「調子狂うな、今日は俺も飲んでやるから元気出せ」


 我ながら何を言ってるのかだけど、放っておけないし、奴の心の内を曝け出してもらわないと気が済まない。


「......夏音飲めないじゃん」

「別にいいだろ、お前だけが飲んで俺が飲まないわけにはいかねえし」

「何それ......」


 俺の理解不能といってもいい返答にクスリと笑いながら音琶が答えた。

 少しでも笑ってほしいんだよな、こんな状態だと尚更そう思ってしまう。


「ほら、卵焼き作るから少し待ってろよ」

「あ、私も手伝うよ」

「それくらい1人でできるからいい。お前は少し休んでろ」

「そっか......」


 そうは言ったものの、音琶には手先を最大限に活用して残り少ない卵を巻いてもらった。

 お世辞にも綺麗とは言えないし形が崩れまくってるけど、音琶が巻いたという事実は変わらなかった。




 2時間経過


「お前と結羽歌ってどっちが強いんだ?」


 炭酸が抜けたであろう、ぬるくなったビール缶を握りながら素朴な疑問を音琶に投げかけた。

 実を言うと俺は飲んだ振りをしているだけで、一度開けた缶に口を付けてはいるものの中身は飲み込んでいない。

 絶望的に酒が弱い俺は匂いを嗅ぐだけで頭が変になるから、その度に呼吸を止めて誤魔化してるけど流石にもうバレてるよな?


「えー、そんなの私に決まってるじゃん?」


 すっかり酔っ払った状態の音琶が答えた。

 酒の力で少しは元気を取り戻しただろうか、口調はともかく声の大きさはいつも通りだから少し安心した。

 音琶のストレスもこれで少しは解消されればいいのだが......。

 練習もバイトも、心を切り替えて上手くやっていって欲しい。


「へえ、よっぽど自信あるんだな」

「そーだよぉ、2人で飲み勝負したときだってえ、私が勝ったんだからぁ!!」

「はあ......」


 いつの間にそんなことしてたんだよ、サークル内外問わず大学生ってこんなものなのか?

 俺が弱すぎるだけで、本当はサークルの飲み会とかもあれが当たり前だったりとか......?

 いやまさかだろ、でも音琶と結羽歌が2人で飲んでて、しかも勝負していたってことは、あの環境には特に不満を抱いてないってことなのか?

 それとも酒を飲むこと自体は嫌ではないってことなのだろうか。


「なあ音琶......」


 俺の中では割と重要なことだから、正直にどう思ってるのか聞き出したほうがいいかもな。


「なーにー?」

「お前って......」

「ところでさー、さっきから夏音飲んでるのに全然酔っ払ってないじゃーん」


 話の方向ずらすなよ、と言いたかったけど酔っ払いがそんな言葉理解するわけないか。

 仕方ないからまた別の機会に聞き出すとしよう。


「ねーえー、聞いてるー?」

「聞いてるけど」

「じゃあ何で酔っ払ってないのか教えてよぉー」


 気づいてなかったのかよ、同じ缶を長時間も握りしめていたら少しはおかしいと思うだろ。


「簡単な話だ、飲んでないんだよ」

「えぇー!?」

「そもそも飲めない奴がこんな時間まで平静保ってられるわけないだろ」

「もー!! 私の事騙してたんだねぇー!!」


 そう言ってポカポカと音琶は俺の身体を叩いてきた。

 酔ってるから動きが不安定だし、力もないから全然痛くない。


「......元気になったか?」

「え?」

「今日ずっと落ち込んでたからな、実は結構心配だったんだよ馬鹿野郎」

「......」


 音琶は俺を叩くのをやめ、顔が紅潮していながらも冷静になった。


「もう忘れろよ、失敗したこととか上手くいかないこととか。そんな状態のお前見てたらこっちまで調子狂うんだからよ」

「夏音......」


 酔った勢いなのか本心なのかは区別できないけど、音琶は瞳に涙を浮かべていた。

 そして徐に立ち上がり、奴は冷蔵庫からビールを取り出すと立ったまま一気に飲み干していた。

 ......何て飲み方しやがる、俺には到底できない。というかいくら強い人でもこんな飲み方はしないだろ。


「ぷはーっ!!」


 奴の飲みっぷりに若干引きながらも、相当抱えてたんだなと思うと文句なんて言えるわけがなかった。

 これで明日からはいつもの音琶に戻ってくれたら、何も言うことなんてない。


 ・・・・・・・・・


 目が覚めると、時計は8時半を指していた。

 目覚ましかけ忘れたというのに、よくこの時間に起きれたものだな。

 当の音琶はというと......。


「むぅ......、夏音ぇ、一緒にバンド組んでよぉ~」


 ベッドの上で寝言を言っていた。

 昨日すっかり酔いつぶれてしまったから床で寝させるわけにもいかず、自力でベッドまで運んだんだよな。

 取りあえず寝ゲロはしてないみたいだ、それにしても授業の時間まで起きなかったらどうしようか。

 そう考えていると......、


「ねぇ......、夏音は、和兄みたいに、居なくなったりしないよね......」

 

 .........。


 俺が居なくなる? 和兄? 何のことだ?

 寝言とは言えど重要なことのような気がして、思わず寝ている音琶の方を見てしまった。

 そして......、


「もう......、辛いのは嫌だよ......」


 辛そうな表情で眠る少女は、夢の中で俺に何かを訴えかけようとしているのだろう。

 夢の内容にもよるが、一体何を求めてるんだ?


「夏音ぇ......」

 

 それから午後になっても音琶は目を覚まさなかった。

 音琶が目を覚ますまで、授業の時間になっても構わず待ち続けた。


 どうも音琶の隠していることと関係あるように感じられたし、今まで見たことのない表情をしていたから放っておけなかった。

 いつもの音琶が戻ってくるまで、もう少し時間がかかりそうだな。

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