人付き合い、多い方が楽しい
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アウトロのタイミングを考えて最後のシンバルを鳴らした。
その後に響き渡るギターサウンドとベースの重み、未だに一体感がないけど、前よりある程度は形になっているような気がした。
「もう時間だから、ここで切り上げるぞ」
俺の合図と共に3人がそれぞれの楽器を片付け始める。
今日の練習、湯川はやけに静かだったな、もしかして高島が見てるからとかなのか? どうせポスターの原案で意見の対立が起きたんだろうけど、状況は俺が思ってるより深刻そうだな。
結羽歌も練習を重ねているのだろう、誰かから教わっているのか、それとも独学で頑張っているのかはわからないけど、この短い期間で大きく成長したものだ。
本番も今以上の実力を発揮して欲しい、勿論高島は超えてもらいたい。
そして問題の音琶だが、日頃の練習の成果が出ているとは思った。
歌い方も、強弱の付け所も、上手く把握できているみたいだった。
足りないところといったら、演奏を本気で楽しめているか、だろうな、それは俺の問題でもあるけど、音琶も同じことに直面している様に思えた。
昨日のことを引きずっているのか、何か別の事情を抱えているのかは直接本人にに聞かないとわからないだろうけど、あまり演奏に響くようなことにはしてほしくない。
「大したことないわね! この前の発言は何だったのかしら!」
ドラムセットを元に戻していたら、演奏中もずっとパソコンの画面を凝視していた高島がまた、何か文句を言ってきた。
こいつそろそろ黙ってもらいたいんだけど、いい加減強く言ってやらないとダメかもな。
「琴実ちゃん、もういいんじゃない?」
俺が言おうとする前に結羽歌が高島を説得していた。
こいつも意外と言うときは言うよな、ただの人見知りじゃないのは前からわかってたけど。
「な、何よ! まだ私には到底及んでない癖に!」
「うん、私はまだまだだよ。でも、私は琴実ちゃんとはこんな形で争いたくない。私達って、元々はこんなんじゃなかったよね?」
「......確かにそうだったけど! でも、もう無理よ......。こんな所まで来たんだから......」
この2人、高校の同級生だもんな、今の関係になる前はこんな感じではなくて、もしかしたら友人同士、とかいうものだったのかもしれない。
「先に帰るからな」
結羽歌と高島が話し込んでいる所に水を差すように、湯川がギターケースを抱えて部室を出て行った。
お前高島と同じポスター作成係なんだから少しは残るくらいしろよ、完全に人任せになってるじゃねえか。
「むぅ......」
それを見た高島が不満の表情を浮かべる。
これはもう、どうにかなりそうにもないな。
「ねえ、琴実ちゃん。私はこんなの、嫌だよ」
「......」
高島の奴、完全に結羽歌に押されてる。
ひょっとして、こいつは一番結羽歌のことわかってるんじゃないか? 本当は出会った当初は仲が良くて、でも自分と結羽歌には圧倒的な差があって、一緒にいるのにどこか後ろめたさを感じてしまって、そして今に至っているだとか......。
あくまで俺の仮説だけど、今の結羽歌の言葉から考えるとあながち間違っているとは思えない。
「池田さんの言ってること、別に正しいなんて思わないし、池田さんに勝ちたいっていうのは嘘じゃない。だから......、だから......!!」
徐々に高島の身体が震えだし、強気な口調は面影を消した。
「ごめんね、琴実ちゃん。私はもっと、一緒にいたかった。だから、今からでも、やり直せるよ」
結羽歌の和らいだ表情が俯いている高島に向けられた。
あれだけ言われたのに、それでも一緒にいたいなんて思えるなんて、結羽歌は心が広すぎるな。
いや違う、俺が狭すぎるだけだ、一度拗れた関係を修復できたことなんて経験上一度もなかったからな。
誰かを許すっていうのは、こういうことなのだろうか。
「ねえ、結羽歌」
始めて高島が結羽歌を名前で呼んだ。
きっと、掟なんて関係なく、元は名前で呼び合ってたんだろう、2人の過去については深く追求しようとは全く思わないけど取りあえず高島との険悪な雰囲気はここで払拭されたと言ってもいいだろうか。
「ベースの勝負は、受けてもらえるわよね?」
「うん!琴実ちゃんには負けないよ!」
勝負は反故にならないが、下らない争いは終結したってことで良さそうだ。
***
「結羽歌、本当によかったの?」
一度私と結羽歌は荷物を取りに部屋に戻り、とある場所に向かっていた。
さっきの高島さんとのやり取りを見た私は、まだ違和感が拭えてなかった。
「うん。だって、私琴実ちゃんとは、元々仲良かったから......」
「そっか、でもベース頑張って! 私も負けられないね!」
結羽歌と高島さん、きっと昔どこかで擦れ違っちゃったんだろうな、仲の良い人を失うのって凄い辛いことだよね。
結羽歌はそれを乗り越えたんだな......。
「着いたよ」
私と結羽歌が行き着いた先は、大学近郊にある銭湯だった。
結羽歌の部屋のシャワーが壊れたみたいで、修理が終わるまで暫く銭湯に通うことになるってことだったから、話を聞いた私も今日は行くことにした。
やっぱり1人でいるのは寂しいし、誰かと一緒に何かをできるなら、同じ時間を共有したい。
中に入ると、大都市とは言え割と普通のどこにでもあるような銭湯が拡がっていた。
ネットの写真とかで見たくらいだから、多分だけど行くのは初めてだろう、時間も遅いからか私達以外に来ている人は居ない。
練習で汗かいてるし、少しは源泉にでも浸かって全身の疲れを解したい。
「音琶ちゃんはここ来るの初めて?」
「あー、多分」
「多分?」
もしかしたら昔行ったことあるかもしれないし、よくわからないからそう答えるしかなかった。
何かそろそろ結羽歌に怪しまれてそう、上手く誤魔化さないと。
そう思いながら服に手を掛けてふと気づく。
「......!」
「音琶ちゃん、どうしたの?」
手が止まった私の隣で、下着姿になった結羽歌が問いかけた。
胸もお尻もそこまで大きいわけではないけど、綺麗にくびれているお腹と底の見えるかわいいおへそのせいで今は色気を感じる。
「いや、その......」
別に背中とかお腹がちょっとだけ見えるくらいならどうってことないんだけど、相手が女の子とはいえ誰かに裸を見られるなんてこと初めてだった。
そう考えると上着を脱ぐことすら躊躇ってしまって、以前鈴乃先輩に無理矢理水着を試着させられた時も恥ずかしかったけど、今回は一糸纏わぬ姿になるんだからあの時とはわけが違う。
何で一緒に行くなんて言っちゃったんだろう! 何にも考えてなかった!
「私、誰かとお風呂入ったこと、なかった......」
「えっと......、つまり見られるのが恥ずかしいってこと?」
目を丸くした結羽歌に聞かれ、私は慌てて頷いた。
「修学旅行の時どうしてたの?」
「えっと......」
小学校も中学校も修学旅行は欠席したし、高校なんてほとんど行ってないし、こういう時って何て返せばいいんだろう。
今まで結羽歌に弱みを見せたことなんてなかったはずなのにこんな形になるなんて......、でも秘密を即座に言えるわけじゃないし......。
「もう、とにかく早くしないと!」
もう全て脱いでしまった結羽歌に上着を無理矢理脱がされ、自分で言うのも何だが下着越しに大きな胸と、おへそ周りに程よく脂肪の乗ったもっちりお腹が露わになった。
「!!」
「音琶ちゃん何カップ?」
「お、教えないよ!?」
「お腹ぷにぷにで可愛いね!」
「摘んじゃダメだよ!?」
「そっか......、それじゃあ下も脱ぐよ!」
結羽歌にされるがままになって、いつの間にか私も結羽歌と同じ姿にされていた。
これは、なんかもう、どうにでもなって下さい......。
「結羽歌は恥ずかしくないの?」
頭を洗い終わり、全身を洗うのに切り替えた時、私は結羽歌に疑問を投げかけた。
「音琶ちゃんは、服を着たままお風呂に入るの?」
「そんなんじゃなくて......」
結羽歌の小悪魔的な質問に、私の中の恥ずかしさは頂点を何度も超える。
「でも、前音琶ちゃんにおへそ触られた時は恥ずかしかったよ」
「あー、あの時ね。なんかごめん」
結羽歌はそう言いながら、タオルで自分のおへその中を洗っていた。
「ううん、もういいの。だから、音琶ちゃんの背中流してあげるね」
「ふぇ!?」
私が止める前に結羽歌は背後に回り、石鹸の泡に包まれたタオルを私の背中に当てた。
「お手柔らかにお願いします......」
「うん、音琶ちゃん柔らかいよね」
「~~~~~~!!」
上手く言葉を合わせる結羽歌、このこ思いの外変態だということが分かったからこれから気をつけないと。
「てか結羽歌! 背中だけって言った!!」
いつの間にか結羽歌は、右手で私の右胸を撫で、左手の人差し指を私のおへその奥に入れていた。
「音琶ちゃん、この前のお返しだよ? 音琶ちゃんのおへそ、綺麗にしてあげるからね」
「ちょっと! バカ、すごいくすぐったい!」
「くすぐったいのは私も一緒だったんだよ」
そう言って、私のおへそを好き放題にくすぐる結羽歌、本当にこの場に私達以外誰もいなくてよかったと思う。
それから暫く、私と結羽歌の声が銭湯内に響き渡っていた。
結羽歌って、心を許した相手に対しては素の自分を出せるのかもしれないと、ふと部屋に戻ったときに思った。
そして、朝起きる時まで私のおへそはくすぐったさが残ったままだった。
それくらい、女の子のおへそは敏感なのです。




