助け、最悪の事態を防げるなら
3バンド目の演奏が終わり、転換の時間になるとドリンクカウンターが混み出した。
演奏中はみんなステージに夢中になっているものの、次のバンドの準備時間になると大抵の人はドリンクを買い求める、勿論ビールを飲む人も出てくるわけで、酔った勢いでライブを楽しもうとする人だっている。
酒が飲めない俺はソフトドリンクしか頼めないので、
「コーラ一杯くれ」
カウンターの前に立つ結羽歌に注文をした。
「ありがとうございますっ!」
俺の注文に緊張しつつ笑顔で答える結羽歌、こいつ結構接客スキル高いんじゃないか? スタッフ達から気に入られてるって聞いたし、まだ始めて1ヶ月にしてはよくできてると思えた。
制服姿似合ってるな、普通に可愛いと思えたんだが、背も低いしこのライブハウスのマスコットキャラとして定着しそうだな。
結羽歌から提供されたプラコップ一杯のコーラを片手にさっきまで居た場所に戻り、すぐ後ろにいる音琶の側に立った。
音琶はずっと不安そうな顔をしながら照明の卓を見つめていて、結局2バンド目も満足のいく照明ができずに落ち込んでいる様子が窺えた。
「音琶」
適当に声を掛けて、それが音琶にとっての助けになるなら何かしてあげたいくらいだ。
だけど、俺は客であってスタッフの仕事をする権利なんてない、何をしたらいいのかなんて考えても支えてあげることすらできないとどうも変な気分にさせられる。
「私は大丈夫、夏音もしっかり見ててほしいな」
それだけ言って、隣の先輩のスタッフに次のバンドの打ち合わせを促す音琶、何も大丈夫じゃないのに強がってしまう奴が目の前にいるけど、無理してんじゃねえよ。
「......」
何か言ってあげたかったけど、そんなことしたら音琶の今後に響かないと本能が察したので、思わず躊躇ってしまった。
そして始まる4バンド目、相変わらず照明はサビの部分に遅れが生じている。
見ていて不安になるのは俺だけじゃないはずで、このままじゃまずいと思い無意識に音琶の隣に来てしまっていた。
「ちょ! 夏音何を......!!」
「いいから黙って見てろ」
俺はそう言ってセトリ表を確認し、サビの部分やそれぞれのメロに差し掛かる部分を上手いこと合わせて調整していた。
ステージ上に上がっているバンドの曲はオリジナルだったものの、曲のタイミングやサビに差し掛かる部分は把握できないこともなかったから、思い切って求められた照明の色に合わせて実行してみた。
すると音琶がやっていた今までの照明よりも程よいタイミングでライトが照らされた。
結局トリのバンドが出てくるまで、俺は音琶の隣で照明のサポートをしていた。
長年の経験のせいで照明のある程度の知識があるから、こんなはずじゃなかったのに音琶の不安そうな表情のせいで居ても立ってもいられなくなっていた。
あとで洋美さんに色々言われそうだけど気にするどころじゃないから、とにかくライブが終わるまでは今の仕事をこなすことにした。
・・・・・・・・・
「夏音君、あれはどういうことかな?」
全てのバンドの出番が終わって、これから打ち上げの準備に差し掛かろうとしたとき、洋美さんに呼ばれて事情聴取をされていた。
「とても音琶には辛そうな仕事だったので、見ていられなかっただけです」
「確かにそうかもしれないけど、それだと音琶の今後の成長に繋がらないと思ったんだよ?」
「もしそれで大きなミスをしたらどうするんですか? 演者は音琶の事情なんて知らないんですよ?」
「それを見越しての上でサポートを入れたんだよ? まあ、復帰したばかりの音琶には酷な仕事を持ちかけたかもしれないけどさ」
「......」
音琶を庇ったつもりかもしれないけど、洋美さんの言うことは決して間違ってないから困ったものだ。
俺の場合、照明の経験がないわけではなかったから土壇場でのヘルプはしたけど、あくまで音琶が心配だったからやっただけだ。
実際、音琶がやらかしてからでは遅いのだ、折角時間とお金をかけて出演したバンドの晴れ舞台を台無しにするわけにはいかない。
それを考えると音琶が誰かに責められる姿が想像されて胸が痛くなった。部外者とはいえ少しでも助けになるようなことができればなんて思った。
「......もういいよ。でもね、ライブっていうのは、私達スタッフが完成させるものなの。だから、サポートするのは夏音君じゃなくて私の仕事。それはわかってほしいな」
「......すみません。でも、音琶にも頑張ってもらうように言ってもらいたいです」
「......大丈夫、それはわかってるから」
そう言って、洋美さんはいつもの調子で打ち上げの準備に取りかかっていった。
てかこの人切り替え早すぎだろ、これが大人というものなのだろうか、俺はこれから夜勤があるから打ち上げには参加せずに帰ろうとしたんだが......。
「夏音!!」
いつもなら多くて1時間に10本以上のバスが出ているけども、今は3本の時間、それでも俺以外にバスに乗ろうとしている奴がいるという事実が確認された。
「どうしたんだよ、打ち上げには行かねえのかよ」
「うん、とても参加できるような気分じゃなくてさ......」
バス停に立ち尽くす俺の隣に音琶が並ぶ、こいつとライブハウスの帰りに一緒になるのは始めてだな。
「どうしたよ」
理由は何となく分かれど、敢えて本題には触れずに尋ねた。
「夏音、ありがとね。手伝ってくれて」
「別に、普通のことだろ」
バスが到着して、適当な席に着く。
「そんなことないよ。洋美さんに何か言われたよね?」
「まあな」
「それでも、夏音がいなかったら、もっと酷い照明になってたかも」
やってはいけないことなのはわかってた、でも音琶だからなのか、放っておけなかった。
こいつはそれを見越しての上で俺に礼を言っているのだろうか。
「そうだな、あんな照明で演奏したって調子狂うだけだもんな」
「......」
俺がそう言うと、音琶の瞳に涙が浮かび上がった。
まずい、流石に言い過ぎたか。
「そう、だよね。そもそも私が1回辞めちゃったのが悪いんだもんね......」
そう言って、溢れ出す大粒の涙。
俺はどうしたらいいのか戸惑ったけど、少しでもこいつを慰めようと頭を回転させながら次に言うべき言葉を考える。
それでも何も浮かばないのは俺の頭が固すぎるのが原因なのだろうか。
「泣くなら自分の部屋で泣けよ」
結局それしか言えない俺は自分が情けなく思ってしまう。
「......うん、わかってる。でも今は、辛いから」
「辛いからなんだ?」
「泣かせてよ、バカ......」
取りあえず、バスが目的地に着くまで音琶を慰めることにした。
やらなきゃいけないことを成し遂げられなくて悔しい想いをしたのは痛いほどわかるが、今俺にできることはせいぜい目の前で泣いている女の子に何ができるかを考えるくらいだった。




