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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第6章 だから俺はお前を支える
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出会い、それは転機だった

 6月8日


 8時に起きて、寝間着から外出用の服に着替え、コンビニで朝ご飯を買う。部屋に戻ったらそれを食べて、洗面所に向かう。身支度が整ったら時間まで何をしようか考える。

 今日は3年前から始めて、一度辞めたバイトに復帰するのだ。いつもとは違う胸の高まりが私にあった。


 ・・・・・・・・・


 <3年前、上川音琶15才>

 

 4月4日 


 この日から私は高校生になった。新しい制服に身を包み、これから始まる高校生活に胸を躍らせていた。勉強はついていけるだろうか、部活はどうしようか、そんな事を考えながら部屋を出る。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


 その時はまだ、私に『行ってらっしゃい』を言ってくれる人がいたんだな。

 

 そして私は、入学して1ヶ月も経たないうちに、学校に行けなくなっていた。



 10月7日


 それから半年ほど経った頃、部屋でゲームばっかりしていた私に転機が訪れる。その時の私は誕生日を3ヶ月前に迎えいて、16才になっていた。

 夜なのに部屋の電気もつけず、薄暗い部屋でゲームをしていたからか目が疲れていき、休憩しようと思ってテレビの電源を消す。カーテンを閉め、部屋の電気を付けるとあるものに目が留まった。

 部屋の片隅に置かれていた1本のギター。3つ上の大学生の兄、和琶(かずは)のものだ。兄は高校からバンドを始めて、大学のサークルでもやっているみたいだったけど、外に出れなくなった私は彼のギターを弾いている姿を見たことがなかった。

 毎日授業にサークルにバイトで忙しそうにしていて、部屋では勉強とギターに勤しんでいた。私はそんな兄と自分を比べてしまって情けない想いをしていたけど、今更高校に戻ったところでまた嫌な想いをするだけだしな...。

 兄は今日はサークルの飲み会で遅くなるって言ってたな...、ちょっとだけなら、触ってもいいよね。スタンドに掛けられたギターを持ち上げて、ネットで調べた正しいギターの持ち方を真似てみる。それが出来たら弦を弾いてみて、音を確かめる。

 時間を忘れてそんなことを繰り返していたら、いつの間にか日付が変わっていて兄が帰ってきた。相変わらず疲れた顔をしているけど、今日は一段と疲れが溜っているみたいだった。微かにお酒の臭いがする、それでも理性は保てているみたいで、部屋の電気をつけてリビングの真ん中でギターを弾いている私と目が合った。


「音琶、何やってんの?」

「あ、和兄(かずにい)おかえり」

「ただいま。でもギター触るなら俺に一言言ってからにしてくれよ」

「ごめん...」


 少し強めに言われたから怯んでしまう私。学校に行けなくなってから、私は兄以外の人と喋ったことがない。


「何だよ音琶、ギターに興味でも持ったのか?」

「うん、ちょっとね」

「それなら俺が教えてやるよ」

「いいの?」

「ああ、いいよ。でも今日は疲れてるからシャワー浴びたら寝させてくれ」

「うん、ありがと...」


 これが、私のギターとの初めての出会いだった。



 11月12日


 それから私は、兄の指導の下でギターを弾き始めた。そしていつか、一緒にバンドを組めたらいいな、なんて思うようになっていた。でもそれを言うのはどうしてか恥ずかしくて、中々言えてなかった。

 そんなある日、兄が1週間後にXYLO BOXというライブハウスでライブをするから見に来てほしいと言ってきたのだ。外に出られない私は、一瞬行きたいと言いそうになったけど、そのことを考えてしまって返事に躊躇ってしまう。


「まあ、音琶の気持ちはよくわかるよ。でもさ、このままずっとここから出ないでいるつもり?」

「それは...」


 ずっと引きこもっていたわけだけど、兄に言われて考え込んでしまう。本当にこのままずっと、兄に頼り続けて私は部屋の中で、ゲームばかりしている日々を過ごしていいものなのだろうか。


「俺さ、音琶に見てもらいたいんだよね。辛いかもしれないけど、俺がついてるから」


 兄の表情が和らぐ。それを見るといつも、私の心は落ち着いていって、満たされたような気分になる。


「う...ん......」


 心臓が高鳴って止まらない。


「よし!そうとなれば俺はギター頑張んないとな!」


 そう言って兄は、和兄は、部屋の隅のギターを手に取った。



 11月19日


 それから1週間、和兄は演者だから早く行かなきゃいけないみたいだったけど、私のことが心配だったからという理由で、ライブハウスのスタッフに訳を言って一度部屋に戻って私を迎えにきてくれた。

 7ヶ月ぶりに出る外、私の身体は震えていたけど、それに和兄が気づき、フォローを入れる。少しずつ、足を進めて道路を踏む。こんなに久しぶりに外に出たけど、街の外観とかは、あんまり変わってなかった。


「どうだ?久しぶりの外は」

「えっと...、ちょっと怖いけど、和兄がいるから大丈夫、かな...」

「そうか~、よかったよかった」


 そう言って和兄が私の背中を軽く叩いた。


「あそこからバス乗るぞ」

「うん...」


 正直土曜日ということもあって、クラスの誰かに見られるんじゃないかと思うと怖かったけど、和兄が助けてくれると思えば、足を動かすことができた。

 バスに乗って10分ほど経っただろうか、和兄が降車のボタンを押して、バス停前でバスが止まった。


「降りるぞ」


 和兄の後ろを着いていった私はバスを降りて、それほど時間の経たないうちに目的地に着いた。


「ここ?」

「ああ、そうだ」


 鳴成市が大都市なのは分かってたけど、こんなライブハウスがあるとは思ってなかった。1階建てだけど、割と広そうで、和兄はこんなところでライブするんだと思うと、いつの間にか私は期待に胸を膨らませていた。


「中に入ったら、色んな人いるけど、大丈夫だよな?」

「えっと...、和兄がいるから...、大丈夫」

「よし、よく言った。それじゃ行くぞ」


 中に入ると、そこには沢山の音響機材に、楽器が並んでいた。和兄はカウンターに向かっていて、そこに立っている女の人に話しかけた。


「すいません、ちょっと深い事情があって抜け出してしまって...。リハの時間早めてくれてありがとうございます」

「いいのいいの、それよりこの子は?」


 カウンターの女性は和兄から私に視線を移した。


「ひっ!!」


 和兄以外の人と目が合うのは久しぶりだったから、反射的に怯んでしまう。


「妹の音琶です。こいつ結構人見知りなんで...、すみません」

「へえ、音琶ちゃんか...。可愛い妹さんだね、高校生?」

「いや、その...、そうですね」


 女性の問いに和兄が言葉に詰まった。流石に学校に通わずにずっと部屋にいるなんて言えないよね...。 


「ふーん、そういうことね」

「あの、洋美さん?」


 洋美さんと呼ばれたこの人は、何かを察したような表情をして和兄に返した。

 

「おい和琶!何してる、早くしろよー!」

「あ!ごめん兼斗!」


 奥の方で和兄を呼ぶ声が聞こえ、和兄はそっちに言ってしまった。カウンターの前で一人取り残されてしまった私。周りはバンドマンで溢れかえっていて、腕に入れ墨を入れた怖そうな人もいた。


「それで、音琶ちゃん。学校は楽しい?」


 後ろでさっきの女性の声が私に向けられていたから振り返って、それから何て返そうか考えてあたふたしていると、また彼女は私に言葉を放つ。


「そっかー、楽しくないのかー」

「えっと...、あの...」

「それとも、学校には行ってないのかな?」

「うう...」


 図星を突かれて何も言えなくなってしまう私。これだから外に出るのは嫌だった。元はと言えば、私がもっと強ければこんなこと言われないで済んだのに。


「行けてないんだね」

「......はい」


 もうそう言うしかなかった。言えただけで涙が出そうだったけど、頑張って堪える。きっとこの人は私のこと責めるだろうな。始めて合う人に責められるような人になっちゃたのは自分の責任でもあるけど、それはそれで辛い。

 

「それじゃあさ、うちでバイトしない?」

「え...?」


 唐突すぎて一瞬何を言ってきたか理解するのに時間がかかったけど、私はいつの間にかバイトに誘われていたのだった。


 ・・・・・・・・・


「懐かしいな...」


 バスの中でふと、初めて洋美さんと出会った時のことを思い出した。洋美さんのおかげで、私は少しだけ変わることができたのかもしれない。辞めた時は辛くて、申し訳ない気持ちで一杯だったけど、またあの場所に戻って来れるんだと思うと嬉しかった。

 バスを降りて、時計を見ると12時47分を指していた。私は目的地に向かって足を進ませた。

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