文句、言うなら直接
授業から解放され、出された課題をいつから始めようかと考えながら部室に向かった。
今週はまだバンド練習を入れてないから土日に入る前に片付けてしまおうか、夜勤がある日は勉強をする気になれないから、早いとこ終わらせてしまった方が吉だよな。
部室から微かに聞こえるドラムの音、一応防音設備はされているものの完全に音を遮断できるわけではないようで、ある程度演奏を聴いていれば誰が中に居るのかは大体把握できる。
でも、今のドラムの音はまだ聴いたことのないものであった。
「?」
やや疑問に思いながらも扉を開け、ドラムを叩いている主を確認した。
「なんであいつが......」
ドラムセットの中心には湯川の姿があった。
いくらギター以外の楽器も出来るからと言って、何故今ドラムを叩いているのかはわからなかったけど、普通に上手いんだな。
「夏音か。どうした、ドラム叩きたいのか?」
「まあそんなところだけど」
「わかった、でもまだ無理」
「......」
相変わらずの受け答え方だけど、今はこいつがドラムに触れている理由が知りたい。
「なんでギターのお前がドラムやってんだよ」
「俺がドラムするのそんなに気に入らないの?」
「そんな風に言ったわけじゃない」
「へえ、てか聞いてないんだね」
「何をだよ」
「俺さ、新入生ライブにドラムとしても出ることになったから」
......なるほどそういうことか、そう言えば一つドラムが足りないバンドがあるって話あったな、俺は掛け持ち頼まれたけど断ったから湯川に声かけたってことか。
「そんなことが許されたんだな」
「別に一度のライブで組むバンド数の制限なんてないし、折角組めるなら多い方がいいと思わない? 最初はギターだけに専念しようと思ってたけど、人生何が起こるかわかんないんだし、誰かの為になることできるんなら喜んで受け入れるべきだよね?」
「......お前がそれでいいならいいんじゃねえの」
「え、何。そんなに俺の言ってることに不満あんの?」
「ねえよ、うるせえな」
組むバンドの数が多い方がいい、なんて言う奴はこいつ以外にもいるかもしれないけど、俺はそうは思わない。
大体バンドっていうのは気の合う奴とお互いの好きな曲とかを共有することで成立するもんだろ、気の合わない奴と組んだって楽しくないし、方向性だってバラバラだと絶対揉める。
多くのバンドを組むよりも、一つのバンドを極めて少しでも長く続けれるように努力することこそが、バンドの在り方だと思う。
そりゃあ確かにどんなバンドにも始まりがあれば終わりもあるけどさ。
「それとさ、夏音には言っておかないといけないことあるんだけど」
「何だよ」
「俺お前よりドラム上手い自信あるわ、正直お前のドラム聴いててつまんないし」
「......!!」
何故だろう、こいつに言われると物凄く腹が立つ。
同じバンドメンバーではあるけど、俺はこんな気の合わない奴と組んでるんだよな。
正直言って今のバンドは今回のライブが終わったら解散にしたい、そこはメンバー全員で話し合わないといけないのはわかってるし、音琶とも練習をしてきたけど、バンドを新たに組むのも解散するのも誰かの許可が必要とかいうわけではないと掟には書いてたし、組む時は部長に報告するだけでいいみたいだし。
何よりメンバーのせいで本気で楽しめないバンドなんて組んでても意味ないと思うし、薄情かもしれないけど音琶とは今後も新たに組めばいいなんて思ったりしている。
あいつがそれを許してくれる保証なんてどこにもないけど。
今までの教訓からして、湯川とは今後も上手くやっていけるとは思えないのだ。
むしろ関われば関わるほど悪い方向に行くような感じすらした。
「あれ、何にも言えなくなっちゃった? まあそうだよね、あんなつまんない演奏しているってこと位の自覚はあるよね」
「そうだな、お前はそう思うのかもしれないな。でもな、お前のドラムも大概だぞ。要所締めれてない時点で気づけやちゃんと耳聞こえるんだからよ」
「へえ、君にはそういう風に聞こえてるんだ」
「ああそうだよ、俺は嘘を吐いたりしないからな」
「ふーん」
馬鹿にするような目で見つめてきたが、こいつには煽りだとか悪口とかの類いは通用しなさそうだ。
腹立つような想いをするのはのは百も承知だけど、相手にしないのが一番良いだろうな。
「あれ? 帰るんだ。ドラム叩かないの?」
なんでさっきまで無理って言ってたのにそんなこと聞いてくるんだよ。
「お前が叩いてるから帰るんだよ、折角の貴重な時間をこんな下らないことに費やす訳にはいかないからな」
俺がそう言った後、湯川が何か返していたけど俺の耳には届いていなかった。
・・・・・・・・・
6月4日
水曜日の授業が全て終わった後、突然淳詩からLINEが入ってきて奴の部屋に招待された。
そこには他にも軽音部の一年生男子が集まっていて、大きなテーブルの中心にホットプレートが置かれている。
周りにはスーパーで買ったと思しき肉が大量に並んでいて、それを囲むように集まっている俺を含めた5人の男共。
淳詩と、他の3人はギターの伊達鉄弥と大原響平、あとはベースの米原拓登だ。
こいつら何週間か前に俺に掛け持ち頼んできた奴らだよな、てことは湯川と組んでるのか。
「夏音来た、お疲れ!」
やたらと大きな声でお疲れ様を言ってきたのは鉄弥だった。
ギターボーカルだけあって声がでかいのかはわからないけど、音琶も声でかいし似たような所があるのかもしれない。
「突然呼び出してどうしたんだよ」
「いやー、それがさ」
明日一限からなんだけどな、まあこいつらのことはそこまで悪い印象抱いてるわけじゃないし、誘ってくれたんだからそこは喜んで受け入れるべきなのかな。
「俺ら今度のライブ終わったらサークル辞めようと思ってるんだよね」
まあいつかはそう言う奴が現れるとは思ったけどさ......。
「それで?」
俺は焼き上がったタン塩を割り箸で掴み、紙皿に移しながら言った。
「いやだから、サークル辞めようと......」
「それは分かってる。何でわざわざ俺を呼んだのかって話だ」
俺がそう言うと鉄弥は言葉に詰まりだした。
「ここにいる人は今悩んでてさ、あくまで簡単な相談に......」
「お前には聞いてない」
「ひっ! ごめん......」
隣で淳詩が鉄弥をフォローするように言ってきたけど、俺に制されて怯んでしまった。
こう言った相談を受けるのは日高以来だな、でも今回は何か事情が違う気がする。
「いやあのさ、俺らそんなに時間に余裕ないわけじゃん? なのに飲み会だとかであんなに時間使われてさ、しかもアホみたいに飲まされて夜中まで続くしさ。耐えられないんだよね」
軽い、全く軽いな。
こいつの言ってることは決してわからないわけではないが、こんな状況を設けてまで俺に言ってくるなんて、きっと1人だけで相談する勇気がないだけだろうな。
日高はあいつなりに悩んで、先のことまで見込んで、後悔しないために真っ先に俺に相談してきた。
あいつの境遇とかを考えると充分に共感できるし、何より俺の友人なわけだ。
でもこいつらは、事が起こってからサークルの文句を言い出している、掟配られた時点で察しろっての。
正直俺だってあの環境に耐えるのはきつい所がある、それでも大切にしたい人と成し遂げたいことがある。
最初は引き下がろうと何度も思ったけど、その人のことを考えるとできなかった。
そして今、こうしてサークルの一員となっている。
「ほらそれに夏音だって先輩とぶつかること多いじゃん。俺は夏音の言ってることの方が正しいと思うよ、それに俺だってギタリストの集まり来なかっただけで部長にめちゃくちゃ怒られたし」
最後のは事情によるかもしれないけど、それよりもだ。
「お前ら俺が先輩と仲悪いからって理由でわかってくれるとでも思ってるのか?」
「え?」
敢えて強い口調で言ったのが功を奏したのか、鉄弥の表情が固まった。
「確かに俺は先輩とは仲悪いし、あいつらのやってることは最低最悪のものだよな。でもよ、お前ら直接先輩に不満は言ったのかよ」
「それは......」
鉄弥だけでなく、あとの3人も言葉に詰まっている。
......やっぱりか、こいつらは先輩達の文句を陰で言い合って、自分たちのことを守っていたんだな。
何て言うか、ずるい奴らだ。
「あいつらに文句言っても分かってくれるとは思わないけどよ、陰で言うくらいなら最低限自分の意見は言えよ」
以前の俺ならここで怒鳴ってたんだろうけど、音琶に言われたあの一言が引っかかってそんなこと出来るわけがなかった。
「......」
考え込むように表情を曇らせる鉄弥達、俺に言われたことがそんなに響いたのだろうか、当たり前のことを言っただけなんだけどな。
「そうだね、頑張って言ってみる」
やっぱりか、こいつらは先輩が怖くて直接言うことができなかったんだな。
どうせ言わないだろうけどな。
「辞めるのはお前らの自由だ、でも文句があったら俺に言う前にあいつらに直接言いな」
「うん......」
その後は暫く静かであったけど、箸を進めていく内に少しずつ他愛のない話が飛び交っていった。
鈴乃先輩には耐えるように言われたけど、陰で言うよりは直接言う方がいいんだよやっぱり。
あとで鈴乃先輩に今のこと報告した方がいいかもな。




