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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第5章 only my guitar
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憂い、抱え込むには辛すぎる

 ドラムロールが響き渡る、16分を幾度となく叩き終えたらすぐにギターとベースが入り、やがてボーカルも加わって一つの曲が構成されていく。

 客席からは(オールスタンドだけど)歓声が挙がり、ステージに立つ者はそれに応えようと自分たちの音楽を奏でている。


 俺はあいつらのことを侮りすぎていたのかもしれない、個人で練習していないのは事実だし、今の1年生達よりも全体練習の数が少ないのも嘘ではない。

 でもそれを全く感じさせない演奏をしているということは、長年の経験が活かされているという印なのだろうか。


 一度ドラムを辞める、という決意をしてから音楽に対する想いとか、自分の演奏を誰かに見てもらえる喜びとかなんてどうでもよくなっていた。

 ただマニュアル通りに楽器を組み立て、ノルマを達成することが充分だと思っていた。


 でも、嫌いで仕方のない連中が周りの人を盛り上げられる演奏をしていると、こんな奴らには負けたくないという感情が芽生え始めてしまって、どうしたらいいのかわからなくなっている。

 まず、今の俺のバンドじゃあいつらには及ぶはずもないし、ライブハウスでの出演なんて夢のまた夢だ、メンバーの誰かが高い技術を持っていたとしても、全員が協調性に欠けてると何も意味がない。


 ......そうだよ、そもそも練習してないからといって協調性まで低まるという保証はどこにもないじゃないか、この人達の音楽に対する想いとか情熱は俺が持っているものよりも遥かに大きなものだ感じてしまった。

 そして、鈴乃先輩が出した警告の意味も、少しはわかってきた気がする。


 最初の曲が終わり、ボルテージが明らかにさっきより上がっている会場内で、俺はただ立ち尽くすことしかできないでいた。

 あんな奴らの演奏に心を打たれてしまった自分が情けなくなったのではない、今までの努力とか音琶との出会いとか、何もかも全てが否定されたような気がして、恐ろしくなったのだ。

 このままじゃダメだ、目の前で演奏している人達には負けたくない、隣の音琶も演奏に釘付けになっている、理由はわからないけど、音琶の表情を見て、鉄の棒で後頭部を殴られたような気分になっていた。


 音琶は俺の演奏を見て、共にバンドを組むことを決意して声を掛けてきてくれた。

 最初は鬱陶しかったけど、今は何も悪いことだとは思ってない、それなのに恥ずかしいのか、その感情を認めたくなかったからなのか、音琶には冷たく当たってしまっている事が多い。

 音琶に対する日頃の接し方が災いしたのか行きのバスでは変なこと聞かれたし、バンド練習が上手くいってないのも俺のせいなのではないかと考えてしまう。

 誰かに相談したら思い過ごしだとか言われそうだけど、そんなの当の本人に聞かないと真意がわからないわけだし、直接聞き出した方が早いだろうけど、それができればここまで考え込んだりしない。


 いつの間にか次が最後の曲になっていた、考え込むと周りが見えなくなるのは俺も同じだな。

 先輩達のバンドは最後から3番目だけど、この後出るバンドは順番のこともあるから相当レベルが高いことが予想された。それまで俺は耐えられるだろうか。

 

 先輩達の最後の曲はさっきまでの曲よりも何段階も高い盛り上がりを魅せている。

 とんでもないものを最後に持ってきたな、というのが簡単な感想だろうか。

 兼斗先輩のドラムの実力は俺とは互換だとは思いたい、この人が何年続けているのかはわからないけど、俺よりも経験年数が短かったらそれはそれで落ち込むかもな。

 ツインペダルを使ってる箇所がいくつかあるけどBPMの高さを感じさせない正確な音を醸し出しているし、ギターやベースとの掛け合いも抜群である。

 特にギターはソロの部分が今まで見たことのない程の技術が披露されていて、弦移動やストロークをするときの指の動きは滑らか、テクニックだけだったら音琶よりもずっと上だ、見ていて感情が揺さぶられるかはまた別として。


 ダメだ、これ以上見たら精神が持つ自信がない、散々侮っておいてあれだけの実力を見せつけられてしまっては自分が情けなくて仕方がない。

 最低でも今のバンドを誰かにが見られても恥ずかしくない程度に作り上げないといけない、音琶は相変わらずの表情で演奏を見つめているし、全てが終わった後俺のドラムと先輩のドラムのどっちがいいか聞き出してしまおうかと思ったくらいだ。


 曲はアウトロに入り、観客は最高のボルテージで盛り上がっている。

 ここまでなら今日一番の盛り上がりだ、いつか俺もこれくらいに見てる人を盛り上げないといけないのだろうか、正直できる自信がない。

 誰かのためじゃなく、自分自身の演奏で精一杯の人間がそんなことできるとは思えなかった。


 今の段階ではな。


 ・・・・・・・・・


 次の練習まで時間がない、焦る気持ちは募るばかりで今日も部室でドラムを叩いていた。

 ただでさえ調子が悪いというのに、こんな状態でドラムを叩くとイライラが止まらなくて思うように演奏ができない。


「お前は何がしたくてドラムを叩いているんだ?」


 ふと、奥の方で声が聞こえたから主の方向に目を向ける。


「湯川......」


 湯川はそのまま近づいてこう言った。


「お前のドラムは感情がない、そんなものを誰も見たいとは思わない」

「......っ!!」

「本当にそんなものでライブに出ようと思っているのか?」


 冷ややかな視線で見下ろされ、俺は恐怖を感じていた。


「夏音君、どうしてこんな演奏になっちゃうの?」


 気づけば、湯川の隣で結羽歌が悲嘆に暮れた表情をしながら俺を見つめていた。


「私、まだまだだけど、これでも頑張ってるんだよ? なのに、どうして夏音君はみんなのために頑張ってくれないの?」

「結羽歌......」


 やがて結羽歌の瞳からは涙が溢れ、その場に蹲ってしまった。

 俺は友人だと思ってる人を裏切ったということになるのか?


「夏音......、私が見た夏音はやっぱり......」


 そして、目の前で少女が立ち尽くし、俺に告げる。


「あの時の夏音は、私の思い過ごしだったのかな......」


 どこか悲しそうで、辛そうで、湯川や結羽歌以上に、絶望を感じさせられる言葉の一つ一つは、俺の心の傷を大きく抉ろうとしていた。

 

「もう......、信じられないよ......」


 ・・・・・・・・・


「はっ......!」


 気づけば俺は自分の部屋にいた。正確に言えばベッドから起き上がったところだった。

 Tシャツが汗で濡れていて、心臓はいつも以上に高鳴っている、時計を見ると12時を過ぎていた。


「夏音!!」


 ふと気づくと音琶がいた。なんでこいつが俺の部屋にいるんだか。


「......音琶、なんでここにいるんだよ」

「昨日の飲み会覚えてないの?」

「......」


 飲み会だ? 言われてみれば行ったような気もしなくもないけど、打ち上げに参加するかもしれないからという理由で、夜勤のシフトを無理言って日曜日だけにしてもらったのは覚えている。

 でも俺ライブ終わった後どうしてたっけ?


「夏音があんなに飲むとは思わなかったからびっくりしたんだよ、ここまで送るの大変だったんだからね」

「すまん......」


 俺が飲んだ? ありえない、少なくとも自分からは絶対に飲まないって決めてるし、そもそもちょっと飲んだだけで気分が悪くなるというのに。

 音琶がさっきからずっと心配そうな顔してるから、嘘ではなさそうだけども。


「......ねえ夏音、何かあったの?」


 一呼吸置いて、音琶が聞き出す。

 何かあったのはもちろんだけど、今ここで言ってしまっていいものなのだろうか。


「......なんでもねえよ、調子が悪かっただけだ」

「でも......」

「大丈夫だから、お前は気にしなくていい」

「......」


 音琶がどこか寂しそうな顔をして、何か言い掛けようとしていたけど、気づかないふりをして俺は立ち上がり、昼飯の準備をする。

 冷蔵庫から適当な食材を取り出し、包丁とまな板を用意する。


「ねえ夏音、私ってそんなに頼りないかな?」


 いつの間にか隣についてきた音琶に問いかけられ、野菜を切る手が止まる。


「そんなことねえよ」


 気休めではあったけど、その場を落ち着かせるためにそう言うしかなかった。


「だったらさ......」


 下を向いて、いつも以上に思い詰めるながら音琶は続けた。


「もっと私のこと頼りにしてほしいな」


 その言葉を受け、俺は思わず音琶の方に視線を向けていた。


「前にも言ったよ? 私は夏音のこと信じてるって。だから何かあったらいくらでも相談に乗るし、何かしてあげることがあれば何でもしたいよ」


 悲しんでいるような様子ではなく、微笑みかけながら、優しい表情で音琶は言った。

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