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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第5章 only my guitar
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ボーカル、決して甘くない

 ***

 

 5月27日


 初合わせは納得のいかない形で終わってしまったけど、私はそんなことで諦めるつもりはない。

 ギターを持ちながら歌うということがあんなにも難しいことだとは思ってなかったし、正直何とかなるものだと感じてたけど、ちょっとやそっとの練習で上達することはなかった。

 まずは練習のやり方を見直して、どこが悪かったのかを見つけないと。


 元々ギターしか弾いてなかった私が、ボーカルとして歌うなんてことは想定外だった。

 日高君の提案で私が歌うことになって、それから曲が決まるまでの間は特にボーカルの練習をしていなかったのが良くなかった。

 曲が決まって無くとも何かしらのバンドの曲くらいカラオケに行って練習するのもアリだったな......。

 過ぎてしまった時間を悔いても仕方がないし、それなら今できるだけのことをするしかない、まずはギターを抱えて声を出す練習を......。


 ......そもそもボーカルの練習って何からしたらいいんだろう、ギタリストやドラマーは全員部室に集まって全体練習をしていたけど、ボーカルはしなかったみたい。

 ボーカル単体だと楽器は使わないからする必要がなかったのかな、だとしてもマイクの使い方だってある程度は頭に入れとかなきゃいけないし、楽器は使わなくともどうせするなら全体練習はしとくべきだと思ったけど......。

 バンドでやる曲の歌詞やギターのコードは全部覚えたけど、肝心の歌い方が未完成だと意味が無い。

 4年生にギターボーカルの先輩が居るけど、就活で忙しいらしくてこの前の部会居なかったし、見てもらえない可能性が高い。

 そもそもほとんど話したことがない人だし何言われるかもわからないからあんまり乗り気じゃない。


 いや、先輩ではないけど1年生でギターボーカルの経験者が一人だけ居る、ギターはエレキじゃないけど充分参考になると思うし、今から呼んだ所で来てくれるかはわからないけど、連絡は取ってみるだけ取ってみよう。


 上川音琶:突然でごめんなんだけど、今から部室に来てもらえる?

 光:いいよ

 上川音琶:ありがと!


意外と、スムーズにいけて私は安堵した。


 ・・・・・・・・・


「......そういうことね」


 20時過ぎ、部室には私と大津さんと、さっきから一人でアンプに繋げてない状態でベースを弾いてる高島さんがいる。

 相変わらず先輩達は部室にいないけどあの人達は個人練習はしないのかな、なんか全体練習の時くらいでしか顔を見ない気がするんだけど気のせいじゃないよね。


「うん、だからギター持ちながら歌うときのコツって言うのかな、とにかく教えてもらえないかな」

「いいよ」

「......」


 どうもこの人は一つ返事でしか話せないらしく、初めて話した時もこんな感じだった。

 それでも中学生のときから弾き語りをしていて、長い間ボーカルの経験のある大津さんなら何か教えてくれるんじゃないかと思った。


「私アコギなんだけど、いいの?」

「うん、コードはもう覚えたから後はボーカルの方練習したくて」

「それなら、まずは歌ってみて」


 マイクの準備が終わったら卓ミキサーにスマホを繋ぎ、音楽アプリに入れた曲を再生する。

 曲は勿論動画サイトとかで引っ張ってきたわけじゃなくて、ちゃんとお金を払って落としたから大丈夫、音質もいいから練習しやすい。

 ボーカルを見てもらうとは言ってもギターだって弾いてるわけだし、どっちかするだけなら楽だったかもしれないけど、役目を受け入れてしまったからには途中で投げ出すつもりはない。


 イントロ部分のギターを弾き終えいよいよAメロ、ここからボーカルが入るけど、まだ音程は低い部分だから自信がないことはない。

 実際に昨日の練習では歌えてたはずだから歌い方を思い出し、声を出す。

 Aメロのギターパートはミュートが入ることもあって、もしキーが高かったらきつかった。

 確かに歌えるけど、音程が低いのは不幸中の幸いだと思った。本当にギターだけで演奏するならどれだけ楽なことだったか......。

 Bメロはミュートじゃないしまだ音程は低いから、この曲の中で一番やりやすい部分だと感じた。

 それにしてもさっきから高島さんがずっと私に視線を向けてるんだけど、緊張するから自分のベースの練習に戻って!


 そして問題のサビ、ここから一気に高くなるから、昨日は裏声になってしまったせいでギターの演奏はできていたものの、曲の一番大事な部分を乱してしまった。

 課題はまずサビを歌い切ることだと思ったけど、たった1日で改善できるわけなんてなく......、


「一旦音楽止めるから」


 大津さんはそう言って卓ミキサーに繋がれているスマホを操作し、曲を止めてしまった。


「えっと......、どう?」


 何を言われてもいいからとにかくコメントが欲しい、どんな風に歌えば様になるのかとかはまだいい、とにかく今の歌い方がどんなものなのかを聞きたかった。


「何でこの曲にしたの?」


 大津さんの第一声はそれだった。

 えっと......、これはどういった意味で捉えたらいいのやら......。


「結羽歌が好きなバンドの曲だったから。あとベースがそんなに難しくなかったから......、かな」


 ざっとそんな所だよね、ベースだけじゃなくてギターもドラムも比較的簡単だけど。


「ボーカルの難易度とか考えてなかったの?」

「うん、あんまり......」

「音琶ってギタボ今までやったことなかったんでしょ? それだったらもう少し歌いやすい曲選んだ方がいいと思ったんだけど......」

「なんかさ、うちのバンド、曲選ぶだけで結構揉めちゃってさ......」

「どうせ武流のことだから、メンバーの意見も聞かないで自分のやりたいことばかりだったんでしょ?」

「うん、それで最後には結羽歌が提案出して、バンドの構成とかコードのこと考えるとやっと聞いてくれた感じで......、結局結羽歌の意見が通った、って感じ」

「ボーカルのことはその場の流れで特に気にも留められなかったと」

「そう、なるね。もうちょっと考えとけば......」

「でももう本番まで1ヶ月、ここでまた曲を選び直すなんてことしたら、間に合うと思う?」

「ううん、もうこれでやるしかないかな」

「それなら、後は音琶次第なんじゃないの?」

「うん......」


 何か私が大きな責任を抱えてるみたいな感じになってるけど、ギタボをするって決めたのは私自身なんだし仕方ないことだとは思う。

 だからやるべきことは辛くてもやらないと。


「わかったなら、練習再開」

「その前に、サビの部分の声の出し方のコツとか教えて欲しいな。どうしても裏声になっちゃうからさ」

「それなら、まずはギター持たないで歌ってみたら? いきなり最初からギタボの姿勢でやったって上手くならないから」


 そう言われたからギターをスタンドに置いて、マイクの位置を再度調整しようとしたとき、


「ふぇっ!!」


 大津さんが私のお腹に拳を押し込んできた。

 あまりにも突然のことだったから変な声出たんだけど......。


「力出してみて」

「えっと......」


 つまりは腹部を圧迫することで腹筋を活用し、歌うときにしっかりとした声が出せるようにするってことでいいんだよね?

 そういえば歌うときは腹式呼吸を使うようにって小学校の音楽の授業で言われたことがあったような気がする。

 お腹に力を入れ、次は何をされるのかと思ったところ、


「それじゃあ次は声出してみて」

「うん......」

 

 それから部室の使用時間が迫ってきて、警備員が鍵を閉めに来るまで、私は大津さんと時間も気にせずボーカルの練習に漬かっていた。


「音琶のボーカルがあんなんじゃ私たちのバンドは楽勝ね!」


 警備員に帰るように言われて外に出たあと、ずっと私たちの練習を見てた高島さんからこんなことを言われてしまった。

 確かに私もボーカルに関しては初心者だけど、だからと言って負ける気はない。


「そう? もしかしたら私だって誰もを魅了する歌声を手にするかもしれないよ?」


 ちょっと調子に乗ったようなことを言ってみたけど、高島さんだって調子に乗ってるんだからこれくらい言ってやってもいいよね。


「今の状態でそんなこと言っても説得力無いわよー」

「今の状態ならね、本番でどうなってるかはまだ誰にも分からないけども」

「むうっ......」


 終いには何も言えなくなってしまったのか、高島さんは黙り込んでしまって、部屋に着くまでずっと無言のままだった。

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