歌声、歌い方の違い
5月29日
午前の授業が終わって昼食を食べ終え、2週間前と同じ場所で人を待っていた。
「なんか最近疲れてない? 授業中眠そうにしてるし」
隣で立川がスマホを片手に尋ねてきた。
今俺は立川とともに日高と結羽歌を待っている、この前立川がまた遊びに行きたいと言ってきたから、予定を午後は授業のない木曜日に選ぶことにした。
「俺はいつも疲れてるよ」
「そうかもしれないけど、今まで授業はちゃんと真面目に聞いてたよね?」
「真面目も何も授業は聞くもんだろ、お前もスマホばっか見てないで聞けよ」
「大学の授業なんて貰ったプリントとレポートやれば単位貰えるじゃん」
「いやだからってさ......」
学内Wi-Fiが繋がってるのをいいことに、立川は授業中にYouTubeを見てることがしょっちゅうある。
きっと授業に関係ないことやってる奴はみんなこんな考えを持ってるんだろうな、俺の場合授業はちゃんと聞かないと不安になるから眠くなることなんてまずなかったんだけど、サークルの飲み会やらでいつも以上に疲れてるのは明確だった。
「あ、結羽歌と日高来たよ!」
二人が正門前の学食から出てきて全員が揃う。
「お待たせ、それじゃあ行くか」
・・・・・・・・・
時計は15時に差し掛かろうとしている。
歌い続けて約1時間半、それでも立川と結羽歌のテンションは入ったときよりも高まっていた。
駅から300メートルほど離れた位置にあるカラオケボックス、市内で一番安く30分で50円(税込)、ドリンクバー付、休日だと予約でいっぱいになるからこういった暇な平日くらいでしか行けないらしく、立川はこれを見込んでの上で行くことにしたらしい。
高校生のリア充共が授業中であることを見込んだなこいつ。
一応軽音部に入部希望があってボーカル希望だった立川、その歌声はなかなかのもので、もしサークルの掟が今からでも入部可能のものだったらうちのバンドに入ってもらいたいくらいだった。
音琶にそんなこと言ったら怒られるどころの騒ぎじゃなくなりそうだけど。
大丈夫、きっと音琶はこの前の練習の後から毎日欠かさずギターボーカルの練習しているはずだ、多分。
結羽歌も立川ほどじゃないけど歌は上手くて、音琶より上手いのは歌い出しからわかるくらいで、その透き通るような優しい歌声は彼女の性格をより一層際立てていた。
でもその歌い方でRefLectの曲歌っても高得点は出せんぞ。
「なんか女子陣の歌が上手すぎて俺らの出る幕ないな」
最初の方は気合い入ってた日高も、自分の歌唱力と女子二人を比べてしまって今は落ち着いている。
「俺よりはマシだろ」
カラオケなんて行ったことなかったし、歌うことなんて小学校や中学校の音楽の授業くらいでしか経験がない俺にとって、この場は少しばかり居づらかった。
それでも来たからには歌わないと意味がない、だから何曲か選曲したのだが......。
「滝上はもう少し肩の力抜いた方がいいぞ、あと俺らに遠慮しすぎ」
「生憎18年生きてきて、カラオケなんて行ったことなかった身でな」
「今こそその皮を破る時なんだよ」
日高よ、上手いこと言ったつもりなのかはわからんけど俺には何も響かなかったぞ。
大体結羽歌と立川のクオリティが高すぎるだけでお前も結構上手いだろ。
「ほら、次滝上の番だろ」
日高が俺にマイクを渡してきて、適当に選曲する。
結羽歌と立川が何かを期待するような眼差しを送ってるけど、スルーした。
歌い終わって採点、それにしてもこの機種、音程が合ってても加点ポイントが入らないと高い点出せないところが憎い。
一部の機種では音程が合ってればそれなりの点数出せるやつもあるみたいだけどさ。
結羽歌や立川が出してるビブラートってどうやったら出せるんだろう、二人は「声を震わせるんだよ」なんて簡単に言うけど俺には無理らしい、結局80点も乗らなかった。
そこで俺の歌唱力を振り返って三日前の音琶の歌声を思い出す。
基本歌うときは腹から声を出すのが基本で(俺もできてないけど)、喉だけで歌うと裏声だけになったり、酷い場合だと声すら出なくなることがある。
ピンボーカルでやるならだいぶ変わってたかもしれないけど、音琶はギターを持ちながら歌うわけだし、かと言って曲の方もギターが2本ないと相当きつい。
音琶は今、ちゃんと練習しているだろうか、もしかしたら授業中かもしれないけど、立川までとは言わないから一つの曲を完成できる位の歌声を身につけて欲しい。
それからも夜料金の時間ギリギリになるまで続き、結羽歌と立川は相変わらずの歌唱力を披露していた。
こいつら疲れないのかね、俺はもう何かを飲んでないと歌えないんだけど。
18時には店を出て、この後は何するかの議論になった。
カラオケ中には食べ物を注文してなかったから空腹に苛まれてはいる。
多分、というか確実にどこかで食べに行くことになるだろうけど、そろそろ金がやばい、早く給料日にならないかね。
「楽しかったねー、何か食べに行こうよ!」
先に立川がそう言い出した。やっぱりこうなったか、さてどうしようか。
「行くなら安い所で頼む」
折角だし行くことにはするけど高いところはパスだ、もう少しだけ我慢したい。
「それじゃ牛丼食べに行こう! みんなそれでいいよね?」
「いいよ」
「うん!」
日高と結羽歌も了承したところで次の目的地に足を運ぶことになった。
多分今月は先月より外食の数多いけど、一人でしたわけじゃないという点については自分の中でも評価してもいいかもしれない。
もう俺は結羽歌と立川のことも友人として認めないわけにはいかなかった、そうやっていちいち人を分析しないと友人として認識できない当たり、俺は堕ちるところまで墜ちていたんだと改めて感じることにもなった。




