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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第5章 only my guitar
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心奥、過去と今

 5月24日


 部屋に戻って眠りにつこうとしたけど、10分もしない内に目が覚めてしまう、それを何度も繰り返していた。

 あれだけの時間起きていたのに寝付けないのは、鳴香の言葉が頭から離れないのが原因だと思う。


 午前8時半過ぎ、適当にコンビニ行って朝ご飯でも買いに行こうと思って外を出る。


「行ってきます」


 部屋を出るときにいつもする挨拶、大学に行くときも、部室に行くときも全部一緒。

 部屋には誰にもいないはずなのに、無意識に出てしまう言葉、物心がつく頃から何一つ変わってない。

 今ここに住んでるのは、私ただ一人だけなのに。


 コンビニで適当な弁当と唐揚げ棒を買って部屋に戻る。


「ただいま」


 部屋に戻るときもこの言葉を言い忘れた事なんてない、誰もいない部屋だってことはわかってるのに、あの人が何食わぬ顔で私を迎えてくれるような気がするからだ。


 そんなことなんて、絶対に有り得ないのに。


 朝ご飯を口に運びながら昔の事を思い出す。

 ギターに初めて出会った日のこと、初めて一つの曲を弾けるようになったこと、あの人から沢山のことを教わったこと、バイトした時のこと、そして......、

 いつもならご飯を食べるときは真向かいにあの人がいたから、昔の事を思い出しながら食べるのがいつの間にか日課になってしまった。

 毎日毎日同じ事を繰り返し思い出して、一人きりで食べるということの寂しさを無理矢理押し殺していた。

 それでも耐えられないときもある、最近よく夏音の部屋に行ってるのはこうやって一人で食べることの寂しさを紛らわせるためでもあるし、夏音と一緒に居ることで私の心は充分に満たされていたからで、夏音に出会うまでよく外食してたのは少しでも人がいる場所にいたかったからなのだ。


「......」


ふと朝方の鳴香の言葉を思い出す。

 

『満足のできる演奏は自分で探す』

 

 その言葉にはどんな意味が込められているのかを考えて、暫く時間が経つ。

 私が改めて謝って、鳴香はもういいと返した。


 それでも、鳴香は満足のできる演奏をまだ完全には見つけられていないから、私のことも、そして自分自身のことも許せていないのかもしれない。

 あの時の私の指摘は正しい物だったかと問われると、きっと両方の答えが出てくるだろう、言い方が悪かったってことは、言った直後にすぐ気づいた。

 でも、言わなかったら鳴香は満足できる演奏を見つけられてなかったかもしれない。

 結局のところ、音楽の価値観に正解なんてないんだと思い知らされたのだった。

 


 上川音琶:今暇?


 何時間か黄昏れていてもやっぱり限界があるみたいで、土曜日ということもあって会いたい人に会えないかLINEで聞き出してしまった。

 本当なら今日からバンド練習を始めようかななんて思ってたけど、結羽歌が一日中バイトで潰れていたからできなかった。

 折角の休日なんだし、一人でいるのは尚更辛い。


 滝上夏音:突然どうした

 上川音琶:どこか遊びに行きたいなーって思ったりして

 滝上夏音:なんだそれ


 本当の自分を隠すのって大変だな、私の想いはどっちの「私」でも変わらないのに、話し方とか振る舞いが違うだけでここまで誰かに与える影響が変わっていくなんて......。


 上川音琶:とにかく! 暇なのか答えて!

 滝上夏音:一応暇だけど

 上川音琶:13時に駅前に集合しよ!

 滝上夏音:唐突すぎて頭が追いつかん、別にいいけど



 よかった、今日も会える。


 夏音が私のことをどう思ってるかはわからないけど、会えるだけで嬉しかった。


 夏音に初めて会った日のことを思い出す。

 たまたま通りかかったライブハウス、そこで演奏していた男の子、私の何かを動かした演奏とその姿、いつの間にか満たされていく心。

 あんなことがあってから心に空いた穴が、夏音によって埋められる感覚を覚えて、無意識に前に出ていた。

 音楽の楽しみ方、生きることの意味を忘れかけてた私を救ってくれたあの演奏は、絶対に忘れることはない。

 だから、私はあの時の演奏のままでバンドをしたかった。


 ・・・・・・・・・


 13時前、駅前に着くと夏音の姿が見えた。


「おはよ!」


 わざとらしく明るいテンションで声を掛けると、夏音の視線はスマホの画面から私に移った。


「早くねえよもう昼だろ。てか突然呼び出されたわけだけど、これからどこ行くんだよ」

「特に決めてないかな」

「あのなぁ......」


 呆れ顔で私を見つめる夏音、それでも夏音は私との会話を終わらせたりはしない。


「暇だったのは本当だから行ってあげてもよかったけどさ、せめて事前にどこ行くか位は考えとけよ」

「うん、次からそうするね」

「もういい、行くぞ」


 この短い会話の中、夏音は何度か私の眼よりも胸の方を見ていたけどバレてないとでも思ってるのかな、このおっぱい星人め。


 実際、夏音を誘ってから服を選ぶのに結構戸惑った。

 外に出る時は状況によって服装を調整するけど、自分から仕掛けた事とは言え急だったからどの組み合わせがいいかを考えると時間がギリギリになってしまった。

 一度も着たことがないけど、胸元が大きめに開いているブラウスだったり、ウエストが露出するトップスだったり、誰がどう見ても丈が短すぎるスカートだって持ってる。

 でもそれらを着るのは勇気がいるし、街中で着れるほどの根性なんてなかった。


 毎回服を選ぶときは取り出す癖して最後には別のものにする、そんなこと繰り返してたら時間だってなくなるよね......。

この前楽器屋に行ったときは偶然だったけど、今日は必然的に二人でどこかに行くんだ、ちょっとくらい背伸びした服くらい着たかった。

 その結果、露出は少ないものの、胸が強調されたトップスを選んでしまった。他の誰かに見せるつもりはないけど、夏音には見て欲しかったってのは本心だ。

 だから胸に視線を向けられるのは決して嫌ではない、むしろ嬉しいくらいだし、どうせならもっと見てほしい。


 ......そして私は、夏音のことが心から好きなんだということを改めて実感したのである。

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