筋、音のバランス
ステージは既に転換に移っていた。響先輩はそのままエレキからアコギに切り替えて、残りのメンバーは機材を片付けたら撤収していた。
真ん中でアコギを軽く調整する響先輩の横から、ベースケースを背負った琴実ちゃんがゆっくりと近づいてくる。琴実ちゃんは響先輩に軽く話しかけると、そのままベースを取り出してアンプに繋げた。
PAと照明側は相変わらず夏音君と音琶ちゃんが相談し合いながら作業していて、会場内では陽気な洋楽がBGMとしての役割を果たしていた。
そんな中、私はスマホを横にして、カメラの視点を合わせていた。勿論、ライブの風景を撮影するために......。
「結羽歌、気合い入ってるね~」
「ひゃっ......! 千弦、ちゃん......?」
「も~、そんなびっくりすることないじゃん~」
「ご、ごめん......」
2番手バンド、Not equall。琴実ちゃんと響先輩の、2人だけのユニット......。出番はまだなのに、私の気持ちは大きく前に先走っていたのかもしれない......。
私は今回も、琴実ちゃんより上手い演奏を魅せてやるって心に誓っている。始めにバンドメンバーを集めていた時だって、ベーシストが少ないからという理由で、わざわざスタジオまで借りて、私と琴実ちゃんで勝負をした。
その結果、私の方が優れている、ということになった。そのお陰で、私はトリの役割まで与えられた。
「しっかり撮影して、音同の名を広めるんだからね! ブレブレな写真はダメだぞ~」
「わ、わかってるよ......。そう言う千弦ちゃんだって、綺麗に撮らなきゃダメだよ......?」
「大丈夫! 私、写真撮るのには自信あるから!」
「そ、そうなんだ......」
一度は千弦ちゃんとも少しギクシャクしちゃって、自分の立場を顧みたりもした。でも、私は私のままで居ればいい、私は誰も傷つけてなんかいないって、心に強く思うことが出来るようになった。
「ほらほら、もうすぐ時間じゃない? ちょっとでも目逸らしちゃったら、ベストショットは逃げちゃうよ?」
「あっ......!」
広くて深い自分の世界に浸っちゃった......。時間通りならあと数十秒......、もうすぐBGMは小さくなって、この会場も一瞬の暗闇に包まれる......。
カーテンの隙間から僅かに漏れる光以外、何も照らすものがなくなって、瞬く間に優しい旋律が聴こえてくる......。
「もうすぐだよ、琴実ちゃん......!」
用意が出来た琴実ちゃんは、響先輩と相槌を打ちながら、2人同時に手を挙げていた。
・・・・・・・・・
1曲目の始まりから、綺麗な音色が会場を包んでいた。しかも響先輩は連投だし、ついさっきとは全く違う音を奏でているから、同じ人が演っているのか疑いそうなくらいで......。
お客さんもみんな、目を丸くしながら演奏に聴き入っているし、私もシャッターチャンスを逃しちゃいそうなくらい、2人の演奏に魅力を感じていた。
「あの2人、息ぴったりじゃない?」
「うん......」
千弦ちゃんが小さな声で、私に問いかける。その問いには、私も頷かずにはいられなかった。
今までの琴実ちゃんは、演奏中感情任せになっている事が多くて、その性格故か激しい曲の方が形になっていた。
でも、今ステージ上で繰り広げられている演奏には、激しさなんて微塵も存在してなくて、響先輩の芯の通った高い歌声と淡いギターの音色、琴実ちゃんの低くて筋がしっかりしたベース音が、心地良いくらいに1つの曲に中和されていた。
しかも、ドラムの役割を果たしているのは、響先輩がアコギを軽く叩く音だけ......。それなのに、音量バランスが絶妙だから聴いている人は皆魅了されていく......。
2人だからこそ息を合わせやすいのか、それとも琴実ちゃんと響先輩の相性がいいのかはわからないけど......、ここまで綺麗な演奏を目の前にしたら、私のベースはみんなからどう聴こえているのか、今まで以上に気になっちゃった......。
「結羽歌、カメラ止まってるよ」
「あっ......! そう、だね、早く撮らなきゃ......」
千弦ちゃんに指摘されて急ぐ私。慌てて何枚か撮った所で、良い写真が出来るとは思えない。ここは落ち着いて......。
響先輩と時折目を合わせながら指を動かす琴実ちゃん。その姿はとても様になってるから、まるで琴実ちゃんが清楚な女の子に見えちゃうかな......。
でも、折角のシャッターチャンスなんだから、例えどんなに琴実ちゃんに合っていない風貌でも、ちゃんとサークルのためになる1枚を撮っていかないと......!
親指で画面に触れ、カメラの音が軽く鳴った。
この後、琴実ちゃんも、私のこと、今の写真みたいに、撮って欲しいな。




