量質、目の前の仕事から
「......こんなもんか」
本番まで残り5分となった。だが、客数は思ったより入ってはいなかった。30人居るか居ないかって所だな。中には見慣れた顔もあるが、そいつらとは知り合い以上の関係ですらない。
「16、17、18......あれ、今何人目だったっけ......?」
音琶が真剣に人数を数えているが、どこかのタイミングで数字がこんがらがっている。あれだけ人数を気にしていた音琶のことだ、想像より少ないという事実を受け入れたくないのだろう。
「......ねえ夏音。私達、色々勘違いしてたのかな?」
「どういう意味だ」
「Twitterもインスタも色んな手使って頑張ったんだけど、私達に注目してる人ってそんなに居なかったんだね」
「それくらい想定内だ、安心しろ」
「私、人口密度100%目指してたんだよ! 幸先悪いよ~!」
「演者以外が圧死するからやめろ」
夢の大きさと引き替えに客を殺す気か。音琶の理想のライブとは一体。
「圧死するくらいいっぱい来て欲しいって意味だよ~。あと私のギターで尊死させるんだよ!」
「おめでたいくらいでかい夢をお持ちのことで」
音琶の考えに追いつけない。いつまで経っても理想の高い頭は出逢った頃と何一つ変わっていないようだ。お陰で気持ちが安定しなくもない。
「量より質が大事って言葉もあるだろ。それに、ライブが始まってからでも客が増えるかもしれないんだし、まずは目の前の仕事からだ」
「もう、こういう時もぶれない夏音は流石だね」
「それはどうも」
「今回はちゃんと褒めてるからね」
「わかってる」
普段とは違う音琶とのやり取りに違和感を覚えたが、関係に良い意味で変化が訪れたと思っていいだろう。
もうすぐ本番だって始まってしまうのだし、些細なことを気にしている暇もなかった。もう残り数秒だ、そろそろスタンバっておかないとまずいな。
「音琶、行くぞ」
「うん、ついに、だね」
卓と向き合い、ツマミを動かすための指を用意する。
先輩達が軽く音を鳴らしているのが見える。響先輩が手を挙げたら、音琶に照明を一度落としてもらって、ギターの音が聞こえたコンマ数秒の間に再度ステージを輝かせる。
......よし、完璧な作戦だ。響先輩からの合図が出るまでもう少し......、
「~~~」
ステージの向こう側で響先輩が右手を挙げた。距離的に何を言っているのかはわからなかったが、もう始めて良いとでも言っているのだろう。
「音琶、照明頼む」
「了解だよ!」
スピーカーのBGMが小さくなると共に、照明も忽ち暗くなっていった。
今年最初のライブが、とうとう幕を開けた。
・・・・・・・・・
やはり圧巻だ。たった2年、音楽系のサークルに入った時間が違うだけで、ここまで感覚の掴み方が変わっていくのか......。
響先輩達のバンド、LAST EMERGENCY。去年からこのバンドの演奏は見せてもらっていたが、見れば見るほど進化を遂げている。
オリジナル曲では勝負していないが、元の曲を再現するだけでなく所々アレンジを加えたり、ギターソロを敢えて難しくしたりと作戦は様々なようだ。
以前LoMの曲をコピーしていたのを見たが、ただでさえレベルの高いバンドの質を上げていく姿は圧巻だった。セトリを知っている俺からしたら、普段よく聴く曲をどのように聞こえやすくするか考えなければならなかった。
とは言え、音楽の知識は伊達ではない。何も考えずに13年間音楽に触れていたわけではないのだから。
「......へぇ」
まだ1曲目だというのに、面白いライブをしやがるな、先輩達は。
LoMの曲は3曲目にやると言ってたが、今の曲は前菜とでも言うのだろうか。勢いは感じられるが、あくまで今は会場を温めている段階だな。
「む......」
音琶がやや苦戦気味に照明を調整している。音に合わせて光を差したり消したり点滅させたりで大変そうだが、バイトでの経験がしっかり活かされているようだった。演奏の技術よりも照明の技術が上回らないように気をつけろよ。
さて、俺も先輩達の演奏に見とれてないで、3曲目まではしっかりPAに向き合っていくとするか。




