深絆、きっと叶う
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いよいよか......。
刻々と迫った運命の時、もう後戻りは出来ない。
俺がこれまでに積み重ねてきた苦しみも、大切な人と共有した喜びも幸せも、何もかもが頭の中でフラッシュバックされていた。
突然だった出会いから続く物語は、これから新たな幕を開けようとしている。そして、その幕は一度閉じてもいつかまた必ず開いてくれる。そう信じているから、俺は前へ進むことが出来る。
「......はい、リハお疲れ様です」
「ありがとうございます~!」
「お疲れ様でーす!」
LAST EMERGENCYのリハが終わり、あとは本番を待つだけ。
もうすぐ4時半になる。これから約30分を使って、体育館内に人が入ってくる。宣伝効果はあるはずだから、『売れないライブハウス』感は出ないと思うが、果たして投稿にリプを添えてくれた奴らは来てくれるのだろうか。
始まる前は好印象だったのだから、後は演奏で魅せてさらに音同の人気を集めないといけないな。一応、軽音部の奴らも来るだとか来ないだとかなのだし、ここで音同の本気をあいつらの目に焼き付けさせて、俺らの方が上だってことを受け止めさせなければ......。
いや、まだ上と言うには早計か。目指していることには変わり無いが、もう少し技術を向上させないと意味が無い。
「夏音夏音」
「......どうした」
体育館内の照明が薄暗くなり、入口側からは話し声が微かに聞こえてくる。そんな時、音琶が囁きながら服の裾を掴んできた。一通りリハが終わり少し気が楽になったのか、どこか安心したような声色になっていた。
「もうすぐだよ」
「......そうだな」
「大丈夫? お腹痛くなってない?」
「なってねえよ、心配するな」
「良かった」
音琶の手は震えていなかった。こういった場面には強くない奴だから、てっきり身体の震えを癒やすための行動だと思ったのだが......。
まあ......、音琶に至っては決して本番の緊張だけで言い表せるようなことを抱えてないか。
「なんか、現実味無いなって思ってさ」
「何がだよ」
「だって、今まであんなに頑張ってきたのに、あっという間に本番ってやってくるんだなって思って......」
「何だよソレ」
「頑張ってきた時間は数え切れないくらいなのに、本番の時間なんて数分で終わっちゃうんだよ? 不思議だなって......」
「......そんなもんだろ」
準備する時間は、本番の時間と決して同じにはならない。それは音楽だけに限った話ではなくて、衣食住そのものに例えるのが近いだろう。
作製にかける時間は絶大なものだが、消費の時間は速い。出来上がった後は終焉しか待っていないのだから。
だからこそ、最高の形で終わらせないといけない。出来る限りのことをしておかないと、これまでにかけた時間が無駄になってしまう。
「私、先輩達の演奏より上手く出来るように頑張るね」
「安心しろ、お前のギターはそこらへんの奴らよりずっと上手い」
「そう言う夏音だって、すっごい上手いよ? 私、夏音より上手い人、お父さん以外に見たことないかも」
「なわけねえだろ。だったらメジャーデビューも夢じゃなくなるからな」
「えへへ......。でも、夏音ならきっと叶えられるよ?」
「何言ってんだか。そもそも最初からそんな夢見てねえよ」
「そしたら、夏音の夢って何?」
分かった癖してわざわざ聞き出すとかどんだけ欲しがりなんだよ。俺の考えていることは大体分かるんじゃなかったのか?
まあ、どうしても言えって顔してるんだから、ちゃんと丁寧に言ってやるよ。
「もうすぐ叶う。だから、わざわざ今言うようなことじゃねえよ」
言わなくても分かる。だから、ライブで形にする。
音琶の願いを叶えるには、俺のドラムに全てがかかっているんだからな。
「そっか。ちゃんと私をリードしてよね」
敢えて言わなかった願いも、音琶にはしっかり伝わっている。
出会ってから1年と4ヶ月が経過した。時間を重ねていく毎に、音琶との絆は深くなっていった。
今日は絆の深さを証明する日でもある。隣の少女と叶える夢は、もうすぐ現実のものとなるのだ。




