発言、それに対する感じ方
水色のFenderのギターを抱えて立ち上がり、演奏に取り掛かる泉。
鈴乃先輩から借りた物らしいけど、あの人も結構金持ってるんだな、やっぱりバンドするからには金は欠かせないわけだし、何かしらのバイトをしているのは確実だろう。
弾いているのはライブでする曲だろうか、彼女の一連の動作を見る限り弾き方が鈴乃先輩に似ている、というのが素直な感想だ。
まだ鈴乃先輩が演奏しているところは数回しか見たことないけど、それでも個々人の演奏の仕方くらいここまで音楽をしてきた人間からしたらたったの2回で把握できる。
弾き方も鈴乃先輩にそっくりだし、少し力んだコードの抑え方とか、ミュートするときの手の動きとか、鈴乃先輩の弾き方をよく見ているからこそのことだとは思う。
結構な時間を練習に費やしているってことは伝わってきたけど、改善すべき所は山ほどあるから今回音琶に見てもらうことで何か変化が得られるかもしれないな。
「どうかな?」
一通り弾き終え、ギターを抱えたまま泉は音琶に感想を要求した。
こういうときは俺も何か言ったほうがいいだろうか、指摘すべき箇所を言ったところでギターを全く弾けないわけだから手本にすらなれないだろうけど。
「そうだね......」
少し困惑した表情で音琶が考え込んでいる、音琶が今の演奏を見て何も言えないわけがないから、何から言おうか悩んでいるのだろう。
その間俺が先に何か言おうと思ったけど、泉は音琶からの感想を待っている訳で......、
「鳴香、この前見たときよりも悪くなってない? なんか繊細さが足りないってか、音が出てる割には一つ一つのフレーズが喧嘩してるみたいに聞こえるっていうかさ」
.........。
暫く言葉を失った、この前というのは恐らくギタリストの集まりの時だとは思うけど、流石にあれから1週間以上経っている。
部室に定期的に顔を出していて先輩から教えてもらっているような人の演奏が現状維持ならまだしも、悪くなっているなんてことがあるのだろうか。
もしかしたら鈴乃先輩の教え方に問題があったのかもしれないけどさ。
「え......、そう......かな......?」
音琶の言葉が信じられなかったのか、泉がそのまま座り込んでしまった。
「あっ、ごめん......」
音琶が泉を傷つけるつもりが無かったのはわかるけど、流石に今の一言で泉がショックを受けるのも無理はない、もしかしたら本当に1週間前より悪くなっているのかもしれないし、俺からしても指摘すべき点は山ほどある演奏だった。
1ヶ月ほど前、浩矢先輩が結羽歌の演奏に対して散々な感想を述べてきたことがあったわけで、俺としてもあんな人にはなりたくないと思った。
だから音琶の選んだ言葉も、浩矢先輩ほどの酷いものではないにしても泉を傷つけたことには変わらない。
泉としても自分なりに練習を頑張ってきたはずだから自信があったのだろう。
「そっか......、まだまだなんだね、私」
泉がどこか寂しそうな表情で音琶を見つめていた。
「ごめん、私の言い方が悪かった、そのね、鳴香の演奏この前よりも力んでるかな、って思ったから......」
「うん、だからもっと練習する。今日はこれでいいよ」
「え......」
「音琶から良くなったね、って言われるような演奏できるまで誰にも見てもらわないから」
泉はそう言い残して出て行ってしまった。
「どうしよう......」
音琶が困り果てた表情で俺に聞いてきたけど、俺は知らねえぞ。
「経験者と初心者の感覚の違いだろ、正直泉はまだまだだけど、少なくともしっかり練習していたってのは俺にはわかるけどな」
「え? 何?」
いやわからないのかよ、さてはこいつ鈴乃先輩の演奏そこまで見てないな。
仮に1週間前よりも悪くなっているとしたら、あくまで仮説だが泉の本来の演奏の仕方と鈴乃先輩の教え方は釣り合わない物があったのだろう。
簡単に言えばギターだけでなく、楽器には人の数だけの演奏の仕方というものがあるはずだ、泉の弾き方は鈴乃先輩のものにそっくりだったから、彼女は鈴乃先輩の弾き方に近づけるようにこの1週間練習してきたのだろう。
だけどそれが良くなかった、泉にとって鈴乃先輩の演奏は身体に合わない物だったわけで、鈴乃先輩の演奏に近づけば近づくほど自分本来の弾き方が出来なくなってしまったのだ。
「そういうこと......、なのかな」
一連の仮説を音琶に話し、納得したのかはわからないけど取りあえず聞き入れてくれた。
所詮仮説だから、俺の考えたことが全て正しいなんて保証はないけどな。
「それよりお前はどうするんだ? 泉のこと」
これが長い付き合いの人間同士なら相手の傷付き具合も軽い物で済んだだろう、でも俺らはまだ出会って1ヶ月しか経っていないのだし、ちょっとやそっとの言葉の使い方で相手を嫌な思いにさせてしまい兼ねない。
人の付き合いとはそんな簡単なものではないのだ。
「......」
何も言えなくなってしまったのか、音琶が黙り込んでいる。
これは相当応えたな、折角仲良くなった同級生を悪気がなかったとはいえ傷つけてしまったのだから。
「まあいい、今日も俺の部屋来るか? もう遅いけど何か作ってやるぞ」
「......いいの?」
「ただし明日が終わるまでに鳴香に謝るんならだけどな」
「うん!」
他に色々言ってやりたいことはあったけど、久しぶりに音琶の嬉しそうな顔を見れた気がしたからこれ以上何も言わないことにした。
・・・・・・・・・
「お邪魔しまーす」
部屋の電気をつけ、荷物を適当に置いたら台所に向かう。
今一度食材を確かめて、何か短時間で簡単に作れそうなものがないか探し出すとすぐ隣にいた音琶の腹が鳴った。
「お前......、まじかよ」
「もう、恥ずかしいからこれ以上言わないで!」
「はいはい」
音琶が食欲旺盛なのはよく知っていることだから今更驚かないけど、呆れはする。
「決めた」
「何にするの?」
「パンケーキだけど」
「やったあ!」
卵と牛乳と粉と簡単な果物とかジャムさえあれば作れるものだ、流石にこんな時間から作るのは身体に悪いとは思ったけど、音琶が楽しみにしているから変えられない。
それに他のものだと時間がかかりそうだったし。
作ると言ってもただ分量通りに混ぜてフライパンで焼けば完成する。
作っている間、音琶が腹を鳴らしながら目を輝かせてたけど、少しくらい手伝ってくれてもいいんじゃないかよ......。
「出来たぞ」
「わあ、いただきまーす!」
まるで街中で飴玉をもらった子供みたいだな、こっちの方が俺のよく知っている音琶だから落ち着くんだけどさ、その分面倒くさくて退屈しない。
「お前、そんなに食うけど気にしないのか?」
「何を?」
「体重とか」
「!!」
途端に音琶の顔が真っ赤に染まった。
悪いこと聞いたかな、とは思ったけど音琶だし別にいいか。
「ふーん、気に掛けてくれるんだ」
「同じバンドメンバーとしてな」
適当に返答した所で次の言葉には期待していない、ただ少しこの前触った音琶の背中があまりにも柔らかくて気になったってのはある。
「バンドメンバー、ね」
少し間を置いて再び音琶が喋り出した。
「私さ、よく食べるけど栄養がお腹よりも胸にいっちゃうっていうか......。まあそんな感じかな......、恥ずかしいから言わせないで!」
お前が勝手に言ってるだけだろ全く、まさかこんなこと言ってくるとは思わなかったけど俺も俺で少し恥ずかしかった。
こんな奴だけど音琶も女の子なのだ、こう言った類いの話は抵抗があるのだろう。
唐突に体重のことを聞いてしまったことを申し訳なく思ったから話題を変えようとしたんだが......、
「でも最近はお腹にも栄養が集まってきちゃって......、別に太ってるわけじゃないんだけどさ、触るとすごい柔らかいからちょっと気にしてるかな、摘まめちゃうし」
「わかったもういい、俺が悪かった」
気にしてるとは言いつつ、何でも言ってしまうところがまた音琶らしかったけど、流石に自分の体型のことは俺じゃなくてもっと別の、もっと関係が発展してる奴に言うべきだろうとは思ったよ。




