士気、上げることが出来たから
6月26日
本番まであと1週間となった。そんな大事な時期に迎える部会だが、残り1週間という短い期間で出来ることはほとんどない。ライブの企画から今日まで何をしてきたか、そして現在の進捗状況を説明して部会は終了した。
「夏音、上手く行ってるんだね」
「まあ......、それなりには」
部会終了後、響先輩に呼び掛けられた。何だかんだで俺が今回のライブで最も貢献した1人なのだし、俺のやる気と呼びかけが音同の士気を上げる要因となったのだ。響先輩は俺に感謝しているのかもしれない。
「はは、まさか音同が単独でライブすることになるとは、夢にも思って無かったからさ。最初は不安しかなかったけど、夏音のお陰で俺もやる気になれたんだよ」
「音同を動かせたのは、俺だけじゃないですよ」
「そうだったね。音琶も結羽歌も......、今の2年生達全員のお陰だね」
俺だけじゃない、俺だけが頑張ったわけじゃない。俺の考えていたことが、やりたかったことが、大切な人達と一致した結果なのだ。
分かり合える仲間と創り上げたからこそ、求めていたモノを現実のものに出来るかもしれない。きっと俺なら、俺達なら出来るはずだ。
「それでさ、夏音に一つお願いがあるんだけど......」
「......? なんですか?」
「ちょっと早いんだけどさ、夏休みに入るタイミングで夏音には部長になってもらいたいんだよね」
「......はい?」
俺が部長候補に挙がっている話は以前聞かされたが、それは響先輩が卒業した後の話だったはずだ。なのに、何故こんな早い段階で? 幹部を決める段階はサークルによって異なるのかもしれないが、夏休みに入った段階だといくらなんでも中途半端過ぎるのではないだろうか。
「実はさ、研究がまた忙しくなってね。夏休み中も帰省しないで研究室に籠もってないといけないくらいなんだよ。それで、後期はあまりサークルに顔出せないかもしれないから」
「......」
「今はまだ琴実とのユニットがあるからサークル優先するけど、このまま部長の仕事続けてたらまた留年しちゃうかも」
「それは、琴実には言ったんですか?」
「いや、まだだよ」
「......」
響先輩の返答に、昨日の琴実の話が思い返される。家族から将来を任せられているが、自分の道を行きたいという想いは揺るがない。
やりたいことをするために生まれてきたのだから、誰かに指図される必要なんてない。
だったら、俺はこのサークルで何がしたい? 部長になるためか? それとも最高のバンドを組むためか?
仮に部長になったとして、俺に一体何が出来る?
「俺は......」
「あはは......ごめん、唐突すぎたね。今すぐに決めてくれってわけじゃないからさ、ゆっくり考えてくれたら俺も嬉しいよ」
「......わかりました」
そう言って、部室の整理を簡単に済ませたら響先輩は出て行った。
「夏音」
呆然と響先輩を見送っていたら、後ろから音琶が声を掛けてくる。
「ああ、音琶か。どうした」
「もう、どうしたじゃないよ! 早く一緒に帰ろ?」
「ああ、そうだな」
音琶はまだ、大きな声を出せるくらいには元気だ。薬を飲む頻度が増えたり、夜中急にトイレに駆け込んで吐いたりしているのは気になるが、こうして立っていられるのもあとどれくらいなのだろうか。
もう、タイムリミットは目の前まで迫っている。そんな中で、もし音琶は俺が部長になるかもしれない、ということを知ったらどう思うだろうか。自分は副部長になる、と言って張り切り出すだろうか。音琶なら充分有り得そうなことだな。
「さっき響先輩と何話してたの?」
「まあ色々と」
「色々って何? 結構真面目な顔してたけど?」
「夏休み入るタイミングで部長にならないか? って言われた」
「ええっ!?」
予想通り、音琶は驚いていた。そりゃそうだよな、部長になる予感はあったかもしれないが、時期があまりにも早すぎる。
だが、音琶が次に放った言葉は......、
「だったらさ! 私は副部長になって、夏音をサポートするよ!」
充分有り得そうな返事が俺を襲った。俺が部長なら音琶は副部長、音琶にとってはこの組み合わせしか考えられないのだろう。
「そしたらさ! サークルがもっともっと大きくなりそうな気がするよ!」
「......」
どこまでもポジティブな音琶の言葉が、現状の音琶と反比例していて、胸の奥が締め付けられそうになっていた。
「これからも2人で頑張っていこうよ! 夏音となら、きっと上手くいけるよ!」
「......そうだな」
ああそうだな、俺と音琶には不可能はないんだし、今まで幾度となく大きな山を越えてきた。
音琶と居れば、叶えたい願いも叶えられる。不可能だって可能に出来る。
音琶が隣に居る限り、何も恐れることなんてない。そう信じていられる。
お前の病気を抜きにすれば、の話だけどな。




