義母親、血は繋がっていなくても
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適当にライブでやる曲を聴きながら音琶の帰りを待っていた。
もう完成度は最終段階を踏んでもいいくらいなのだが、全体的にもっと前進するべきだとは思っている。日高はようやく楽器に慣れてきた、という感じだし、結羽歌は気合いが入りすぎていると言うか、力んでいるだけというか、どうも聴いてて安心出来ない。
立川の歌唱力は相変わらず一級品なのだが、声の張りが強すぎて楽器隊とのバランスが取れていない。
音琶はと言うと......、特に俺からは不満要素は無い。一つだけ思うところがあるというのなら、他のパートの奴らのことをあまり気にしていない、ってくらいだろう。
そして俺は、最高のバンドを求める旅で彷徨ったままだ。本番の出来次第で抜け出すことが出来るかもしれないが、どうしたらいいか結局は自分次第なのだ。
軽くスティックを振って譜面通りに動かしてみたが、曲との一体感は取れている。後は周りの音をしっかり聴いて、見ている人を魅了出来るような演奏が出来れば万々歳だ。
音琶とも約束したのだから、音琶が初めて見たときの演奏を、もう一度取り戻すとな。
そう思っていた時......、
「ただいま夏音! ちょっと言いたいことが山ほどあるんだけど!」
扉が勢いよく開かれると同時に、聞き慣れた大きな声が部屋中に響き渡った。
「帰ってきたのか」
「帰ってきたよ! 夏音にはいっぱいいっぱい言っておかないといけないことが出来たんだから!」
「帰ってくるなり随分と元気なようで」
「元気とかどうとかじゃないよ! 私、洋美さんから色々話聞かされたんだから!」
「......」
......ああ、そうか。音琶の奴、オーナーから聞いたのか。家族のこととか、自分自身のこととか、兄のこととか。
あの話には音琶が知らないことも沢山あったからな。こんな大事な時期に知ってしまっては、音琶の精神も安定しなくなるだろう。
いや、この時期だからこそ、なのかもしれない。そもそもライブの前に音琶が逝ってしまう可能性もゼロではないのだし、言える間に言っておくのが正しい行動だ。
結局は、真相を知った後に音琶がどう思って、今後どう動いていこうか考えることが何よりも大事なことなのだ。
つい先日最後の約束をしたばかりだ。音琶がそれを忘れるわけがないと、俺は信じている。
「......何を聞いたんだよ」
「洋美さんが! 和兄のお母さんだったってことだよ! 夏音は知ってたんでしょ!?」
「ああ、知ってた」
「っ......!」
オーナーが俺にわざわざ言ってきたからな。もう2ヶ月も前の話になるけど、最後になるかもしれないライブを気に掛けたのか、音琶を泣かせないように頑張れ、みたいなことも言ってたような気がする。
結局音琶にはライブ前に伝えたか......。まあそうだよな、きっと今回のライブで間違いなく音琶の体力は根刮ぎ奪われる。もしかしたらライブ終了とともに意識が二度と戻らなくなるかもしれないし、何も伝えられないまま終わりを迎えることになるかもしれない。
そんなこと、オーナーからしたら絶対に避けたい事態だ。義理の母親として、音琶には本当のことを取りこぼすことなく伝えたいに決まっている。
あの人も、大人ながら未熟だったのだ。言いたいことを本人に言えないまま毎日を過ごしていた。
でも、そんな毎日に終止符を打ちたいと思い続けていたから、音琶に真実を伝えられた。
「ねえ、知ってたんなら、どうして言ってくれなかったの......?」
音琶の声は僅かに震えている。このままでは、気持ちの抑制が難しくなってしまうかもしれない。本番に影響するような事態にはしたくない。かと言って嘘を伝えるわけにもいかない。
なら、本当のことを言うまでだ。
「オーナーが、自分から言うって言ってたからだ」
「......」
「別にオーナーがそう言わなくても、これは俺が伝えるべき話ではないって思ってたさ。俺はまだ、音琶の家族にはなれてないんだからな」
「それって......!」
「ああこれは失言だ。あとは自分の頭で考えろ」
「あっ! そうやってまたはぐらかす!」
義理とは言え家族なのだ。血縁表には2人の名前が刻まれているのだし、血の繋がりはなくとも、どこかで必ず絆は繋がっているに決まっている。
俺には、それが無かった。今、俺の血縁表には、俺の名前しか刻まれていない。周りの家族関係が一切不明で、自分が誰なのかもわからない。
繋がりは作れる。最後の最後でも、音琶との関係を構築することだって、出来るのだ。
「音琶は、家族のことが知れて嬉しくなかったのか?」
「そ、それは......」
「今まで分からなかったことが分かって、気持ちは晴れなかったのか?」
「晴れてはいないよ......? でも、知らないままは嫌だった......」
「だったら、気に病むことはないんじゃないのか?」
「う......」
迷いのある表情はしている。だけど、今まで受けてきた''親切''が、''愛情''だったということを知れたのは確かだ。
「それくらい、オーナーはお前のことが心配で、大切だったんだよ。病気を乗り越えて外の世界に出られたお前を見て、嬉しかったに違いない」
「......うん」
「俺と出会ってから、音琶の表情が晴れたって言ってたしな」
「うん」
不意に音琶の頭に手を置いていた。涙を堪えている少女を見ていると、こうしていられずにはいられない。
「良かったな、家族に会えて」
隠し続けてふざけんな、と最初は思った。だけど、考えていく内にオーナーの心情も鮮明になっていた。
元気な音琶を見ていると、真実を伝えるタイミングを間違えるわけにはいかない、ということを。
「お義母さんに会えて、嬉しかったよ」
音琶を産んだ本当の母親は、もうこの世には居ない。
だけど、音琶に愛情を注いでいる義母親は、音琶の側にしっかりと姿を現している。
「そうだな」
音琶がオーナーとどんな話をしたのかは分からない。だけど、きっと互いの納得がいく話に行き着いたに違いない。
なぜわかるかって? そんなの、音琶が帰ってくるなり嬉しそうな声で話しかけてきたからだよ。




