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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第5章 only my guitar
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練習、大事なのは何か

 5月21日


 19時、部室にて。

 ライブでやる曲が一通り決まったことで最低限身体に曲を覚えさせることにした。

 正直なところ湯川の独断があったり、意見が合わなかったりで何も上手くいっているとは思えないが、バンドを組むことになった以上やるべきことはやらなければならなかったのである。

 掟に書いてあったとおりの手順でシンバルの位置やタムの高さを調整し、終わったら演奏の用意をする。

 ヘッドホンをつけ、スマホに繋ぎ、入れた曲を再生するためにアプリを起動させる。


 曲が決まった17日、部屋に戻った後すぐに原曲を聴き、ドラムの譜面を頭に叩き込んだからそこは心配ない、あとは身体が曲にどれくらいついていけるかが問題だ。

 あくまで練習というものはそのためにあるのだと思っているから、後に全体で合わせるための準備にすぎないのだ。

 幸い部室には誰もいないから人目を気にせず練習できる。とは思っても、音琶以外の奴は俺の演奏になんて興味を示さないだろうけど。

 耳元で流れる旋律を聴き出す事よりも、曲の根底となるドラム譜面だけに集中してそれに合わせる。

 強弱とかは今はどうでもいい、まずは一通り叩けるかを確認しなければならない。


結羽歌の希望もあって簡単な曲だから覚えるのに時間はかからなかったし、フレーズ毎の組み合わせもメロによって僅かに違う部分があることはなかった。

 一曲通して演奏した感想としては、やっぱり俺にはドラムの楽しみ方を忘れてしまっている様な気がした。

音琶の言う、俺の欠けてる「何か」についてはまだ辿り着けていないけど、本気で楽しめていないのは何となくわかる。

 わかっていても解決策が見当たらないのならこのままでも別にいいかな、叩けているのは事実なんだしこんな状態でも認めてくれる人がいるくらいなんだし。

 ......いやだめだ、それだと音琶はいつまでたっても俺のことを認めないだろうし、あいつの見たっていう「あの時の俺」を取り戻すまでの道のりは長いままだ。

それなら、無理を承知で次のライブまでにはなんとかしなくてはいけない、あいつが「今の俺」と組んでも満足しないなら、俺にとってのやるべきことは一つしかないのだ。

 

 気づけばいつの間にか曲は終わっていて、ヘッドホンからはただ静寂が続いていた。

 つまり俺は、特に何の曲でもないフレーズを延々と叩いていたことになる。昔なら演奏中は曲の事以外考えないでいれたのにな、これも俺が「今の俺」になってしまってからのものなのだろうか。

 そうとしか考えられないけど、それでも懲りずに考え事を始めようとして我に返る。


 練習しに部室に来たというのに、この状態じゃとても練習しているとは言えないな、何のためにここにいるのかを今一度考え直す必要がありそうだ。

 気を取り直して曲を再生する。ヘッドホンからは何度も聴いたフレーズが頭の中に飛び込んでくる。

 それと全く同じタイミングを狙いながらスティックを振り回す、ほぼ同時にシンバルとタムが響き合い、一つの曲、いや、そう呼ぶにはほど遠い、言うなら雑音と捉えてもいいようなものだった。


こんなものをライブで見せつけるとかただの恥晒しだな、今までもきっとこんな演奏だったのか、と問われると即答できるとは思えないけど、きっと音琶が見たのとはまた何かが違っていたんだろう。

 まあいい、今は曲に集中しよう。考え事をしながら叩いても頭が追いつかない、音琶の言ったことが気になるのは百も承知だけど、曲が叩けなければ話にならないからな。

 

 1時間ほど経っただろうか、すでに10回に到達したであろう練習はそこまで苦ではなかったけど、全身に染み渡る汗が全てを物語っていて、喉も渇いてきたから一旦部室を抜けて自動販売機がある場所に向かうことにした。

 キャンパス内が広すぎるために自動販売機があちらこちらに設置されていたが、部室の一番近い場所を狙う。

 歩いて3分もかからない内に辿り着く。軽音部の部員が練習に疲れたときのためだけに置いてあるとかだったりしたら有難いんだけど、流石にそれは考えすぎだよな。

 あと何分くらい練習するかは特に考えてなかったけど、できるだけ安くてペットボトルの物が飲みたかったから、適当に100円の天然水を買うことにした。

 一度その場で一口飲み、乾いた喉を潤したところで部室に戻るため足を動かした。

 部室に戻ると音琶と、肩までの短髪を後ろで小さく結んでいる少女、確か泉鳴香とでも言っただろうか、この10分も満たない短い時間の間に二人も人が増えていた。


「夏音! 持ち物はちゃんと管理して!」

 

部室を離れている間、短時間だからという理由で財布以外の荷物を置きっ放しにしてた。

 きっと俺みたいな人が泥棒の被害に遭うんだろうな、とつくづく思ったわけだけど、取りあえずヘッドホンもスマホも元の場にはあったから何も問題はないはずだ。


「滝上君......、いや、夏音君が離れている間に来たのが私たちでよかったかもね、私たちじゃなかったら荷物盗まれてたかもしれないよ?」


 音琶の隣に立っている少女、泉鳴香が腕を組みながら忠告してきた。

 鈴乃先輩曰く結構部室に来て練習しているとかだったけど、今日も練習しに来たんだろうな。


「すまんな、まさかこんな短時間で誰か入ってくるとは思わなかったけどさ」

「この時間帯なんだから、いつ誰が練習してくるかわからないんだよ? とにかく自分のものは目離しちゃだめだよ?」

「はいはい」

「夏音......、私の話聞いてた?」


 音琶が呆れ顔で尋ねてくる。

 いつもならスルーしてたはずなんだが、どうもこの前のこともあったから放っておくのは気が引けたし、最低限の返事くらいはする。


「聞いてたよ、すまんな」

「えっ!? まあいい、聞いてたんならいい。鳴香と来たとき誰もいないのに電気ついててドラムのとこに荷物あったから」

「何そんなに驚いてんだよ」

「別に......!」


 いつもとは違う俺の接し方に違和感を感じたのだろうか、少し顔を紅く染めながら音琶が俺から目を逸らしてしまった。


「それで、二人は何をしに? 練習ならさっきまで俺がドラムやってたわけだけど」

「あーうん、鈴乃先輩今日は時間とれなかったから音琶に新入生ライブでやる曲見てもらおうと思ってさ、空いてたら部室でしようと思ってたんだけど......」


 こいつもギターだったな、誰とバンド組んでるんだか。

 この前の部会で部長が練習するように呼びかけたわけだけど、カレンダーを見ても未だに1年生のバンドが練習を入れてる雰囲気はない。

 まだどのバンドも個人での練習が間に合ってないということなんだろうな、泉もその一人でギターの熟練者に弾き方を教わってバンド練習に挑もうとしているんだろう。


「......その、夏音君まだ練習する? まだするんだったら私は部屋で練習するからいいんだけど」


 まあそんなところだとは思った。

 鈴乃先輩が練習している1年生の名前を挙げるとしたら一番最初に泉が出てきたくらいだ、きっと曲の方も一通り弾けるくらいにはなっているだろう。


「誰かが来るまでするつもりだったからもうしない、あとはお前らが好きに使え」

「あ、うん。ありがとうね」


 泉も練習するために部室に来たわけだ、誰かがいる状態で練習するとどうも落ち着かない、譜面通りに叩くだけなら大きな問題は無かったわけだし、今回はこれで良しとする。


「先に失礼するぞ」

「待って」


 ドラムを片付け終え、荷物を全て取って部室を出ようとすると泉に止められた。


「一応さ、夏音君もドラマーから見て私のギターがどんな感じなのか見てくれたりしないかな?」


 そんなことか、別にこの後は授業のレポート以外やることないし、多少時間が取られても問題ないな。


「......」


 俺は無言で扉から背を向け、ギターの用意をしている音琶と泉から少し離れた所に座り込んだ。


「見てくれるのか見てくれないのかせめて返事してよ」

「はいはい」

「もう......」

「鳴香、夏音はいつもこんなんなんだよ」


 音琶と泉が二人並んで呆れているけど、それに構わず俺は泉の演奏を聴くことになった。

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