生きること、人間らしいこと
日高と話して、多少は気が楽になったかもしれない。必ずしも演奏と比例する、ということはなかったが、切り替えないといけない、という危機感を覚えることは出来た。
「やっぱ、滝上が本調子でやってくれないと、俺らもやりづらいんだよな」
「......」
スタジオ代を払い、薄暗くなった外に出ると、日高が斜め上を向きながら呟いた。嫌味なんかではなく、本気で俺の演奏を求めているからこその言葉だった。
俺がしっかりしないと、周りの演奏まで悪い意味で巻き込んでしまう。もっと自覚を持ってやっていかないと、願いは叶わない。理想なんて遥か彼方へ飛んで行ってしまって、二度と帰ってこないとさえ思えた。
「夏音君、元気無いように感じたから......。無理はしないでね」
「だからといって、授業まで休むのはダメだからね! 滝上が休んだら、私達がグループで授業の資料送り合わなきゃしけなくなるんだから!」
「1回気分転換してみるのもいいかもしれないぞ。滝上のことだから、毎日ライブのことで頭がいっぱいになってそうだしな」
結羽歌と立川にも励まされ、より一層仲間への意識が強くなる。
亡くすことへの恐怖が、ライブ本番への期待と胸の高鳴りに変わるには、どうしたらいいのだろうか。このまま引き摺っていてもメンバーに心配掛けるだけだし、自分にとって大切なモノが何なのかを今一度考える良い機会でもあるのではないのだろうか。
大切な人は音琶独りだけではない。優先順位とかいう下らない柵みに囚われるくらいなら、自分と分かり合えた人間全員が大切、と思えるくらいのいい加減さも時には必要だろう。
勿論、音琶と過ごしたかけがえのない時間は他の誰にも譲れない。極端に考えすぎずに、もっと視野を広く持って......、
・・・・・・・・・
「夏音、気持ちはわかるけど、やっぱり私は笑顔で終わりたいよ。中途半端な気持ちでやるつもりはないから」
「......お前のことだし、どんなに苦しくても本気で挑むんだろうな」
「ホントは今だって苦しいんだよ? 前よりも心拍数上がってるし、夜中に突然目が覚めることだってあるし、さっきだって立ちくらみで倒れそうになったんだもん」
「よく生きてられるな」
「死ねないよ......、夢を叶える前に死ぬなんて、出来るわけないもん」
「......」
音琶の今の容態を聞くのは初めてだった。貧血に近い症状が出ることは知っていたが、恐らく以前よりも悪化しているにだろう。
ほとんどボロボロの身体になっているというのに、無理をしてでも夢を叶えようとしている。
「薬の効果がどんどん薄くなってるのも、感じるんだ。沢山飲んでも良くなるってことあるわけないのに、どうしても気持ちを落ち着かせたいからって理由で無意識に増やしちゃうことも......」
「音琶......」
「不安なのは私も同じ。夏音が思っている以上に、私の身体は限界なんだよ?」
「......」
「でもね、自分の身体を犠牲にしてでも、私は夏音との夢を叶えたい。叶えるまではずっと生きていたい。一瞬だけでも病気のことは忘れて、好きなことを思いっきり楽しみたい」
その時、俺は1ヶ月半前の出来事を思い出した。
音琶が数年振りに病院に行って、自分の身体について知った時のことだ。
二十歳まで、というのは後付けの余命であって、本当は生まれた後にすぐ死んでも不思議ではなかった、らしい。
具体的な検査結果は教えてくれなかったが、もうそろそろ言ってくれてもいいだろう。あの日、音琶が医者に言われたこと、死んでしまってからでは知ることが出来ない。
「お前がどうしたいのかとか、俺と何をしたいとかは良くわかった」
「夏音......!」
「それでだな、音琶。病院行ったときのこと......つまり検査結果だが、もう教えてくれてもいいよな......?」
「あっ......」
一瞬戸惑いながらも、音琶はいつだって覚悟を決めている。目を見開いたのはほんの数秒の出来事だ。
唇を噛みしめる動作は見せたが、音琶が口を開くまでの時間はそう長くはない。
「あの時のこと......、うん。ちゃんと言わないといけないね」
「......」
意を決したのは俺も音琶も同じだ。
告げる音琶と、聞く俺。行動は違えど立場は同じ。
「私ね、生まれた時から、1日生きられるだけで奇跡だったんだって。だからね、今の私が10秒後に死んじゃっても、何も不思議じゃないんだって」
音琶から告げられた真実。二十歳まで、というのはただの上辺だけの言葉。
確かに、人間は二十歳で成長が止まるのだし、19歳と364日までの間には何かしらの補正があったのかもしれない。
だが、完全に成長が止まってしまっては、効かなくなる補正に逆らうことは出来ない。
数秒後に死んでもおかしくない身体だということが明かされたが、徐々に異変を感じるようになった身体は、この世界に産み出された時から悲鳴を上げていたのだ。
弱まる速度は計り知れないが、遅かれ早かれ尽きるのは時間の問題。それでも音琶はここまで生き抜いてきた。
果てることよりも、呼吸が続いていることに幸せを感じ、音琶は一日一日を大切に生きている。
人間らしいことが、しっかり出来ている何よりの証拠だ。




