表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第36章
538/572

励まし、言えない言葉でも

 今朝の出来事を引き摺っているからか、今日のスタジオ練習は調子が悪い。いや、元々俺の演奏なんて調子の良し悪し関係なく廃れていたか......。


 少し良くなってきたと思ったら、悪い知らせが頭の中に入ってきて、集中出来ない。過去を吹っ切って、今度こそ本来の演奏が取り戻せる、そう思っていた。


 だが、現実は無情だ。いくら受け止めたくなくても、認めたくなくても、奇跡なんて起きない。決められた未来をねじ曲げるなんて空想の世界なのだし、治らない病気を治すことだって、不可能なことだ。


 ''今''という一瞬を生きることは簡単だが、理想を掴み取るのはこんなにも難しいことだったんだな。



「夏音! 今日の演奏、全体的に力が無いよ!?」

「......そうだな」


 手応えが全く感じられない。まあ、今までは自分の演奏の欠点に気づけていなかったのだし、ある意味成長しているのかもしれないな。


 俺に足りないのは集中力だ。演奏に対する気持ちの欠落が原因なのか、音楽を本気で楽しめていないのか、考えられる理由は山ほどある。

 そして今回の不調の原因は、音琶自身に宿っている。


「もうすぐなんだから! 夏音がしっかりしてないと、良い演奏出来ないよ!?」

「......わかってる」


 ああ、わかってるさ。わかってるけど、音琶が見たという夢の内容が頭から離れないんだよ。

 覚悟はしている。人はいつか必ず死ぬ生き物なのだから、当たり前の出来事に一喜一憂するのも馬鹿馬鹿しい、はずなのだ。

 そう思っているはずなのに、音琶のことが気がかりで仕方が無い。当たり前のことに怖じ気づいて、目の前の目標にすら辿り着けていない。


「なあ、10分くらい休憩しないか? 気分転換もした方がいいと思うしさ」


 その時、日高が小休憩を提案してきた。俺の姿があまりにも醜く見えたから、わざわざ気を遣ってくれたんだな。


「ん~、あんま余裕ないからぶっ通しで行きたいけど......、ちょっとは休んだ方がいいかもね」

「ぶっ通しで行ったら体力持たねえっての」


 音琶も顔にも口にも出してないが、焦っているのは確かだ。行動に感情が現れてるのがよくわかる。


「そしたら、俺と滝上で羽伸ばしに行ってきまーす」

「お、おい......」


 たった10分で回復出来るかっての。そんな俺の考えとは裏腹に、日高にスタジオ外のトイレに連れて行かれた。


「......お前にこんなところに連れてかれるのは初めてだな」

「そうかもな」

「どうしたんだよ、練習中なのにわざわざ俺を連れ出すほどのことが起きていたのか?」

「ああ起きていたさ。滝上を見ていると心配で心配で仕方が無くなってな」

「......それはどうも」


 狭い空間に俺と日高の声が響き渡る。どうやらこいつも俺の演奏に対する違和感を覚えていたようだな。

 つい最近大きなトラブルが解決したばかりだというのに、良くなるどころか現状維持も出来ないような演奏が繰り広げられてしまっては、不思議な感情に苛まれるのも無理は無い。


 だが、音琶の真実を誰かに伝えた所で、簡単に現状が改善されるなんてことが有り得るのだろうか。覆すことの出来ない現実を言えば、理想通りの未来が約束されるのだろうか。

 そんなことは絶対に有り得ない。どんなに辛い内容でも、現実とは向き合わないと行けない。


「何か、あったのか?」

「......」


 何も無い、と答えることは出来ない。嘘を吐いたところで演奏に影響するのだから、誤魔化しようがない。


「何も無かったら、お前は俺を呼び出したりしねえだろ」

「......ま、そうだよな」


 溜息交じりに日高も答える。


「どうしても言えないことか?」

「......言えねえな」

「......そうか」


 日高に今朝のこと、音琶の真実、纏めて一気に話したら、日高の演奏にも響いてしまうような気がした。

 次のライブが終わったら、バンドメンバーを失うことになるかもしれない。そんな真実と向き合って演奏することが、どれほど辛いことなのか。

 日高なら、間違いなく理解してくれる。理解してくれるからこそ、言えない。


「別に今俺が言わなくても、ライブが終わる頃には......、分かるはずだ」

「......」


 横を向けば鏡が見える。自分がどんな顔をして日高と話しているのかがすぐに分かる。

 ......見なくても、悲しい顔をしていることくらい、とうに気づいていた。



「滝上、明るくいこうぜ。折角のライブなんだからさ」



 表情から察したのか、言い訳から真実への可能性をつなぎ止めたのかはわからない。1つだけ分かったのは、日高が今までにないくらいに優しい声で俺を励ましていた、ということだけだ。


「もうすぐ10分経つな。あんま遅くなると勿体ないし、何より上川に怒られるからな~」

「......戻るか」

「おう、付き合わせて悪かったな」

「......気にしなくていい」


 励ましの言葉が伝わったかどうかは、演奏の出来映えで証明される、かもしれないな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ