悪夢、夢で会える人と現実で会える人
何をどうしろって言うんだよ。
もうすぐ本番だってのに衝撃的な真実を何度も告げられ、そのくせして『音琶を守れ』だのなんだのって......。
意味分かんねえし、第一俺に出来ることは限られている。オーナーの出来ることは音琶に真実を告げることなのかもしれねえけど、俺に出来ることは音琶が思い描いていた演奏をして、最高のバンドを創り上げることなんだよ。
わざわざ俺に協力を求めた所で、何も進んだりなんかしないからな。
・・・・・・・・・
6月21日
「あっ......!」
スタジオ練習を控えた日曜日。時間ギリギリまで眠りに就いてしまおうか、なんて思ったりもしたが、音琶の言葉にならない叫び声のせいですっかり目が覚めてしまった。
「......どうしたんだよ」
音琶がいきなり飛び起きたから、俺も気になって身体を起こす。
いつもの下らない言い訳が飛び込んでくる、なんてことはなさそうだ。顔色が良くないし、身体も少し震えている。部屋の温度は低くないはずだが、半袖の寝間着から覗く二の腕には鳥肌が浮かんでいた。
「えっと......、その......」
朝っぱらから音琶の怯えた顔は見たくなかったのだが......そう願っても仕方無いか。
「話してくれよ。『なんでもない』とか言ったら唯では済ませないからな」
「も、もう......。夏音の意地悪」
「はいはい、その通りだよ」
「むぅ......」
いつも通り頬は膨らませているが、元気が無いと可愛さも半減だな......。勢いが足りなくて少し......いや、かなり残念だ。
それに......、音琶の元気の無い姿を見ると、昨日のオーナーの話を思い出してしまう。オーナーは音琶がこの先もまだ生き続けられる、と言ってはいた。だがそれは、単なる願いに過ぎない。
俺だってそう願っているし、出来るのなら俺が死ぬ時までは音琶とずっと一緒に居たいと思っている。
現実は残酷だ。だが、目を背けたままでは何も始まらないし、いつまでも過去に囚われたままでは、つい最近までの自分に逆戻りだ。
後ろを振り向くことはもう辞めた。それが正しい道だということを教えてくれたのは、音琶が居てくれたからだ。
音琶が居なくなっても俺は大丈夫だと、心の底から思えるようにならないといけないのだ。
「あ、あのね......。最近夢の中に、和兄が出てくるんだ」
「......」
音琶は慌てて目覚めた理由を少しずつ話し出す。
「1週間くらい前からかな? 周りは真っ白なんだけど、遠くで和兄の姿が見えてて......」
「それは本当に和琶なのか? 瓜二つなんだから、俺って線も否定出来ないだろ」
「あれは和兄だよ! 家族のことを私が見間違えるわけないもん!」
「......すまん」
流石に今回は真面目に対応しないとまずいか......。
そうだよな、長い間時間を共にした家族だから、いくら似ていても間違えたりなんかしないよな......。
1週間前ってことは、裏サイトの話をした直後くらいからだろう。
「......それで? 和琶が見えた後には何かあったのか?」
「うん......。実は、夢は毎日見ていて、日を重ねるごとに、和兄はどんどん近づいてくるんだ......」
「......!」
なんだよそれ......。だとしたら音琶が見ている夢は、死への道が近づいていることへの暗示じゃねえかよ。
さっきまで見ていた夢では、和琶はどれくらいの距離まで近づいていたんだ? 目と鼻の先まで来たら、音琶は本当に、逝ってしまうんじゃねえのか......?
「和琶は、何か言ってたりしてたのか?」
「何かは言ってたみたいだけど......、ノイズが走っているような音がして、何を喋っているのかはわからなかったよ。でも......」
「でも、なんだよ! 何かはしていたのか!?」
「な、夏音、ちょっと落ち着いて......!」
「落ち着いてられっかよ! お前の見ている夢は......、悪夢みたいなもんだろ......!」
「そ、それは......!」
音琶にとっては、永遠の別れを交わした義兄と、夢の中で会えるだけで嬉しいのかもしれない。だけど、音琶の表情からは『嬉しい』という感情が感じ取れない。
むしろ、和琶が現れたことに対して危機感を覚えているように見える。本当は怖くて仕方がないのに強がっている。そう捉えた方が自然だ。
「和兄、手を振っていた。こっちに来て欲しいみたいに笑いながら、手を振ってたよ」
音琶が見た夢の全貌が明らかになる。
夢の中の和琶は、手を振っていた。
微笑みながら、手を振っていた。
まるで、義妹が自分の元に辿り着けるように、手を振っていた。
「和兄はね、何を言ってるのかは分かんなかったけど、私を見て嬉しそうにしていたんだよ。私も夢の中だけど、和兄に会えて嬉しかった。だから、手を振り返して......」
「それはダメだ!」
「えっ......?」
無意識に大きな声が出てしまう。
音琶が手を振り返してしまったら、夢の中の和琶の願いを叶えてしまうから......。
「振り返したら、ダメだ」
「なんで......?」
「お前死にてえのか!?」
「そ、そんなわけないじゃん! 病気のことなんか気にしなくていいくらい、元気になって,,,,,,」
「だったら! 夢を見ても、絶対和琶に着いていこうとするんじゃねえよ!」
「そんなこと言ったって! じゃあ私はどうしたらいいのさ!?」
たかが夢の中、されど夢の中。確かに俺はオカルト的な話は一切信じたりはしない。だが、今回ばかりは、見逃したら本当にまずい気がした。
だから、夢の話とは言えマジになって音琶に言い掛けている。
「和琶から逃げろ」
きっと、この夢は......、
「和琶が近づいているなら、全力で逃げろ。絶対に和琶の言うとおりに動くんじゃねえ」
「夏音......」
非現実的なことに怯えるなんて生まれて初めてだ。確かに正夢という概念は存在するし、実際に見たことはある。
それに、悪いことほど的中しやすい。
「なあ、お前は今何が大切なんだ? 今一度しっかり考えてみろ」
「......」
夢の中の義兄と、現実の大切な人。
確かに永遠に会えない人と夢の中でも会えたら嬉しいかもしれない。でも、夢で会った故人が現実に還るなんてことは絶対にない。
俺は音琶がこの世で一番大切だ。失いたくないし、死ぬまでずっと一緒に居たい。
だからこそ、目の前の現実に目を背けたりなんかしない。そう決めた。




