限界突破、掲げる夢
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6月19日
「おおーっ! この前の宣伝ツイート、順調に伸びてるよ!」
「す、すごい......」
「無事バズって良かったわね! やっぱり私には写真の才能があるのかもっ!」
金曜日恒例の部会が始まる直前、同学年の女子陣がスマホを囲って盛り上がっていた。どうやら宣伝に使うツイートが上手くバズってくれたみたいで、本番それなりの客数が期待出来るとのことだ。
「にしても、いいねの数がフォロワーよりも多いのはなんで?」
「音琶ちゃん、それはね......」
結羽歌が一瞬視線を俺に向け、こっちからは聞こえないように音琶に耳打ちを始めた。
別に聞こえなくても何言ってるかくらいはわかってるんだからな。
「へぇ~。やるじゃん」
にやついた顔で俺の方を見て、褒めているのか見下しているのかよく分からないことを言い放つ音琶。仕方ないだろ、責任放棄なんて罪深いこと、出来るわけ無かったんだからよ。
俺が手間かけさせたせいで進行が遅れたわけだし、ロスした分はしっかり結果で取り戻さないといけないから、写真の選別は自ら名乗り出て協力してやったんだよ。何か文句あるか?
「夏音、ちょっとこっち来て」
「......」
右手を小さく振って招く音琶。用があるならもう少し早くから呼んどけっての。
・・・・・・・・・
「ライブまであと2週間だけど、みんな練習は順調に進んでる?」
部会の時間でも、バンド同士の進捗を伝えるのは大事なことだ。
全3バンド、スタジオでの練習は個人的なものも全体のものも満遍なく入っているはずだ。特にドラム担当者は練習出来る場所がスタジオくらいしかないのだし、手足を動かすだけのエアドラムでの練習では限界がある。
それ以外のパートですらアパート暮らしだと隣の部屋から苦情が来る場合もある。恵まれた環境に置かれていない限り、音楽サークルは金と時間の捨て場所になってしまうこともある。
だが、音同部員はそんなことどうでもいいとばかりに本番へと動き出している。つまらない偏見なんて考えないのがこのサークルの良い所だ。
改心出来た俺だって、日々の努力を怠ったりなんかしない。裏サイトは未だに更新されているみたいだし、音同のツイートを見つけて掲示板に貼り付けたクソ野郎も確認した。もしかしたら高校の軽音部の誰かが来やがるかもしれないし、何か俺にとっての不利益になる出来事が起きるかもしれない。
......ああ、俺の邪魔をしたければ勝手にすればいいさ。そんなことしたところで、俺にとっては不必要な人材なのだ。
誰が貼り付けたのかは知らねえが、お前なんて俺の視界に1ミリも映ってねえんだよ。
「私達は順調だよね、いつも通り平常運転!」
最初に答えたのは留魅先輩だった。この人未だに金髪だけど就活とかどうだったんだ? 院進でもするのだろうか。
そりゃ4年生バンドは何度もライブに参加しているわけだし、企画はしていなくとも他の奴らと経験値が段違いだ。ライブ慣れしている人からしたら、今回のライブは今までよりもハードルが低いに違いない。
「ま、そうだよね。最年長バンドとして、後輩の手本になれれば良いと思ってる」
「流石響、意気込みのレベル高し」
「はいはい、あとの2バンドはどうなのかが一番気になるけどね。まあ、Not Equalも良い感じに仕上がってるよ。琴実も慣れない曲を上手く熟していて、俺も凄い助かってるし」
「......」
慣れない曲......ね。確かに弾き語りバンドともなればテンポが遅い曲しかやらないよな。琴実の性格上、あいつはアップテンポの曲が得意そうだし、部長に着いていくことへのプレッシャーだって感じているはずだ。
それでも響先輩が順当な評価をしているということは、良い感じに仕上がっていると判断して良いのだろう。
そして、あと一つは......、
「それで......、Unknown Worldの方は、どうなんだい?」
俺らはどうなのか。曲者揃いのメンバーに、ぶつかることもしばしば。自分のエゴを通したり言い合いになったりするけど、何だかんだ言って隣に居ることが多い奴ら......。
大切な奴らだって心の底から思っている。
優先順位なんかどうでもいい。俺が組みたいと思えるメンバーで、どこまでも行ける可能性が信じられる、そんなバンドを組んでいると確信出来る。
そんなバンドに告げる言葉は......、
「最高を限界突破出来る可能性が秘められた、誰もが羨むようなバンドです!」
......。
俺が話そうとしたのに、音琶が立ち上がって答えてしまった。
いや、別にダメだとは言ってない。あと質問の答えになってない。にしても最高を限界突破って何だよ......。
「......へえ」
「あっ......! 私つい勢いで......。恥ずかしいな......」
我に返った音琶が部員の視線を感じて恥ずかしくなっていた。顔真っ赤だし、厨二全開の言葉を放ったのもあって居心地悪そうにしてやがる。
「......全く、やる気があるのは素晴らしいことだけど、せめて部会の時間だってことを意識して欲しいかな」
そう言う響先輩も笑い堪えてるじゃねえかよ。
「は、はい......。すいましぇん......」
最高よりも羞恥心が限界突破した音琶はゆっくりと席に着いていた。
......だが、音琶の言葉は決して否定なんかしない。
『最高』で片付けるだけでは、満足出来ない身体になってしまったんだからな。音琶は。
最高の先に待ち受けているものを探すのも、悪いことではない。
本番が終わった後、音琶がどうなるのかも分からないし、もしかしたら本番を迎える前に......なんてことも考えられる。
秘めたる可能性は無限に膨張するのだし、俺だって明日どうなっているのかも分からない、誰も知らない。
音琶は、とうの昔に覚悟を決めているのだ。何があってもライブを成功させて、悔いが全く残らない結果を求めている。
完璧じゃなくたって良い。音琶自身が、そしてバンドメンバーが、満足の出来るライブがしたい、そう願っているのだ。
もう時間は無い。
たった2週間という短い期間で、俺が出来ることは何か。
そんなの、音琶を笑顔にすること。そして、最高を超えたバンドを創り上げること。この2つしかないに決まっている。




