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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第35章
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払拭、過去を忘れて

 6月14日


 本来なら撮影は前回で終わらせるはずだった。

 それなのに、俺が衝動的に撮影そのものを拒否していて、順調に進むはずだったライブへの準備を遅らせてしまった。

 メンバーだけでなくサークル全体に迷惑をかけたし、本番まで時間があるわけではない。早く宣伝しないと軽音部に魅力だけでなく知名度も持っていかれてしまう。

 そんなこと、俺が一番分かっているはずだった。 ......いや、何一つ分かってなかったんだよな。


「みんな集まったみたいだから、2回目の撮影始めるわよ~」

「はいはーい!」


 スマホのカメラを起動した琴実の合図と共に、立川がマイク越しに元気な声で返事をする。


「ほんとにみんな準備万端なのかしらね。この中の誰かさんが突然駄々こねたりなんかしないわよね?」

「......」

「返事がないわね.....。ほら、ライブ中にボーカルに隠れてなかなかいい角度で写真撮られない、可哀相な楽器を演奏するそこのあんたのことよ」

「......どういう例えだよ」


 わざわざそんなこと言わないと始められねえのかよ......。まあ、これも俺の自業自得なんだから仕方無いけどさ。

 琴実もわざわざ呼び出された身なのだし、想定外の事態に巻き込まれたら警戒もするか......。


「簡単に言うと! この前みたいなことしたら承知しないってことよ!」

「......わかってる。好きなように撮ってくれ」

「最初からそうしてれば良かったのよ......、全く......」


 呆れ顔でカメラのピントを調整し、演奏が始まると流れるように写真を撮り続ける琴実。SNSにアップする写真、ということを考えるだけで頭の中が乱れそうになるが、これもメンバーとサークルのためだ。過去に起きた出来事なんかどうでもいい、そう思わないとこの先何も進んでいけない。

 顔を隠す、とかいうつまらない条件は撤回している。だから、容赦なく正面からカメラが向けられていて、どうしても気になることは否定出来ない。

 でも揺るがない。自分の演奏とカメラの視線、どちらを気にするべきなのかは明白だ。素材が揃えば明日にでもTwitterで練習風景は投稿されるだろう。それが終われば、あとは本番に備えて足りない部分を焙りだしていくだけだ。


 まだまだ集中力は足りていない。自分でも演奏の乱れが感じ取れるくらい酷いものに仕上がっている。だけど、4人は俺に付いてきてくれている。バンド全体の支えとならなければならないドラムを演奏している以上、他のパートは俺に合わせていかないといけない。

 どんなに早足な演奏になっても、ミスをしても、スティックが手から離れても、決して演奏を止めることは許されない。

 こいつらは、俺がどんなに不安定でも、必死に食らいついている。そんな奴らに対して俺がやったことは......。


「......くっ」


 演奏中なのに、思わず感情が爆発しそうになっていた。それでも演奏を止めないように乱れた感情を落ち着かせ、少しずつ演奏の質を上げていこうと努力する。


 少しずつわかってきた。俺の演奏が本来の輝きを失っていた原因が。

 音琶が初めて見た俺の演奏と、輝きを失った今の演奏。あの時と比べて、俺はどんな気持ちで演奏していただろうか。


 少しずつ変わっていく俺の感情。抱えていた過去やトラウマは、今まで全部音琶がどうにかしてくれていた。

 だけど、結局は自分自身でどうにかしないと、完全には取り除けない。思い出したくない、忘れたい過去に決着を付けないと、あの頃の演奏には戻れない。



 ......そうだよ、俺はただ、逃げていただけなんだよ。

 音琶が居れば大丈夫だとか、音琶が居るから続けられるだとか、そんなのただ人任せなだけじゃねえかよ。



 今度は自分の力で過去を忘れて、今という瞬間を大切にしていかないといけないのだ。

 囚われているから、大切な人達の信用を失う結果となった。



 だけど、大丈夫だ。もう俺は、振り向かない。


 ・・・・・・・・・


「何よ、最初からこうしてれば良かったのに......」

「......すまん」

「あんたに何があったのかは知らないけど、今後サークルを引っ張って行く予定の奴がこんなんじゃダメなのよ?」

「......」


 撮影は無事に終わり、撮った何十枚もの写真の中から宣伝に相応しい4枚がTwitterに上げられることとなる。

 しっかり俺の顔も正面から写されたみたいで、しっかり全世界にアップロードされるようだ。


「本当に良いのよね? 載せちゃって」

「ああ、いい」


 琴実の質問に戸惑うことなく、俺は答えた。


 3週間後に迫ったライブは、音琶と奏でる最後のライブになるかもしれない。

 音琶が居なくなっても、俺はドラムを辞めたりなんかしない。

 認めたくない現実だが、覚悟は決めている。それでもし奇跡でも起こるのなら、是非起きてほしいものだ。


「夏音! このあと何か食べに行く? あ、どうせならみんなで行こうよ!」


 片付けが終わった音琶が元気な声で話しかけてきた。ようやく1つの課題が片付き、後は本番に備えて練習を繰り返すのみ。音琶も何か吹っ切れたものがあったのだろう。


「そうだな、どこか行くか」


 3週間、か。

 そんなに余裕はない。だけど、俺にもやり切らなければならないことがある。この先どんな結果が待っていようと、今この瞬間に起きていることを目に焼き付けていかないといけない。


 分かってるさ、出会いがあれば別れもある。そんな当たり前のことを否定するなんて、根本的に間違っている。


 必ず、取り戻してみせるさ。音琶が初めて見たときの、俺の演奏を。

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