緊張感、伝える前の時間
6月11日
今日は講義が始まる前に起きる事が出来た(当たり前だけど)。
去年よりは時間に余裕あるわけだし、サークルの都合がどうのこうので単位を落としたとしても、言い訳にすらならない。
講義は9時から始まるのだが、開始の2時間前に目が覚めてしまった。泣き疲れたのが原因か、それとも奴らに会うことへの抵抗か、どちらにせよ俺に与えられた使命は重いものであることに変わりは無い。
音琶は相変わらず間抜けな顔で深い眠りについている。昨日泣き顔を見せたわけだし、迷惑だってかけた。疲れている分、寝顔がだらしなくなっても仕方が無いか......。
時間に余裕もあるし、先に朝食作って完成したら奴を起こすとするか。最近、というか結構前から音琶も料理に手を出し始めているのだが、今日ばかりは俺が2人分全部を作らないといけない気がした。
せめて音琶には、美味い飯を食って喜んでもらわないといけないからな。音琶の笑顔を見ることが、俺にとっての何よりの幸福なのだから。
・・・・・・・・・
「夏音、おはよ。ご飯できたの?」
「ああ、だから早く起きろ」
「は~い」
寝ぼけ眼で起き上がり、音琶はゆっくりとベッドから身体を離していく。
部屋の真ん中に置いてあるミニテーブルへと向かう音琶を見て、俺はいつか訪れる別れの日を勝手に想像していた。
無垢な瞳も、可愛らしい声も、長い髪も、大きな胸も、弾力のある身体も、近い未来には全て消えてしまう。
そう考えるだけで恐ろしくなるし、音琶が居なくなった後のことが一切考えられなくなってはいた。音琶が居なくなったら、今度こそ俺は駄目になってしまうのではないか、そう思ってもいた。
だけど、昨日音琶に励まされ、1日講義を休んだことで気持ちの整理が付いてきていて、今日これからやらなければいけないことへの責任をより一層感じられるようにはなっていた。
大事にしなければいけない仲間を失うわけにはいかない。緊張で食事が喉を通らないくらいに追い詰められてはいるが、音琶との約束や決意、これまでに積み重ねてきた膨大な時間と経験が俺を止めさせてはくれなかった。
「美味しいね! 私も一緒に作りたかったな~」
「俺が作っている間、お前は間抜けな寝顔を晒していたからな」
「ひどーい! 間抜けな顔で寝てはいないよ!? 清楚な顔で寝ていたよ?」
「アレで良くそんなこと言えるな......」
まあ、可愛いから良いんだけどな。飯を頬張る姿も可愛いが......と言うより、音琶の全てが俺にとっては尊く思えるのである。
「そ、そんなことより! ちゃんと今日、日高君達に話付けてくるんだよ! ギスギスのまま本番に臨みたくはないんだから!」
「......わかってるさ。今回こそ最高のバンドってやつを見つけないといけないんだからな」
食い終わったらいつもより少し早めに講義室に向かうとするか。
気持ちの準備だってしないといけないんだから、日高達が来たときのことを想定しながら謝る練習くらいはしておかないとな。
「難しいことは考えないで、自分の気持ちをストレートに伝えればいいんだよ! 私が夏音に告白したときのようにね!」
「......」
いや、俺は日高に告るわけじゃないからな。男同士とかいう意味不明な展開には持っていったりしないからな。
まあ、不器用ながら音琶なりにフォロー入れてくれたんだろうけど。
「......今日で蹴りつけてやるよ」
音琶にはそれだけを告げ、迫り来る時間の圧に耐えながら、部屋を後にする。
大丈夫だ、何もかも全てが終わったわけじゃない。行動次第では、やり直すことが出来るのだから。
「頑張って! 夏音なら、きっと今まで通りの関係に戻せるはずだよ!」
「......そうだな。俺なら、出来るはずだ」
音琶の期待を背負い、俺は一足先に部屋を後にする。
謝ったところで一昨日の出来事が消えるわけではない。だが、消えないからと言って関係が断絶されるわけではない。
俺の足りなかったこと、伝えきれなかったこと、その全てを話すつもりはないが、せめてメンバーに納得して貰えるくらいのことは話すつもりだ。
最高のバンド、作り上げないといけないんだからな。




