変化、目には見えないもの
ちょうど1週間前の5月10日、ギタリストで部室に集まり、その後の飲み会で湯川は音琶に言ったらしい。
人数が多いから鈴乃先輩と部長の部屋でそれぞれ分かれ、音琶は鈴乃先輩の部屋で、湯川と1年生の泉鳴香と大津光の5人で飲んだとのことだった。
そこまではまだ普通の飲み会だろう。
問題はここからだったらしい、本来は人数が多いからという理由で分かれたというのに、途中から部長の部屋で飲んでいたはずのメンバーが押しかけてきて、その場の全員が酔っ払い、見るに堪えない状況だったとか。
その時に湯川が酔った勢いで音琶に告白してきたようだ。
音琶は勿論断ったし、酔っていたとは言え話を逸らそうと必死だったとかで、周りはほぼ全員酔っていて誰かの会話を聞いていられるような状態ではなかったらしい。
まあなんだ、酔っ払った勢いで告白なんて、飲み会のレベルの低さによってはありそうなことだけど、よりによって音琶なんてな。
それに人は酔ったときの方が本性出るって言うし、ふざけて告ったわけではないだろう、俺にとって音琶はただのバンドメンバーにすぎないはずなのに、何故か身体は鉛を飲み込んだような感触に襲われている。
鉛なんて飲んだことないけど。
時期的に考えると、音琶は湯川の事以外にも何かを抱えているってことはいくらなんでもわかる。
だから俺はまた音琶に誤魔化されたってことだ。
思い切って聞いてよかったような、聞かない方がよかったような、複雑な気分に苛まれた。
帰り際、動揺したせいでまた音琶の家の方向を確かめるのを忘れてしまった、自分でもよくわからなかったけど、そんなことを考えていられる状態ではなかった。
どうしてこんなにモヤモヤしているんだろうな。
5月19日
「ねえ、今度はみんなどこ遊びに行く?」
三限が終わって四限の教室に向かっている間、立川が俺を含む3人に話題を持ちかけてきた。
先週の木曜日のボーリングがよっぽど楽しかったのだろうか、立川から話を振ってくるのは珍しい気がする。
「そうだね、今度はカラオケとか行きたいかな」
結羽歌が返す。
こいつ、ボーリングかなり上手かったな、ストライク連発してたし平均スコアが180点超えてるとか俺からしたらかなり凄いと思うんだが。
「カラオケ行きたいね! そう言えば結羽歌ってボーカルだったっけ? 結羽歌の歌聞いてみたいなー」
「ううん、私は歌わないよ。確かに歌うのは女の子だけど......、一緒にバンドするの、楽しみかな」
「そうなんだ、楽しみだなー」
いつの間にか女子同士の会話になってしまったから俺が入るのはやめておこう。
にしても結羽歌も色々変わったよな、会ったばかりの頃と比べると口数がかなり増えたし、人見知りな所はあるけど喋れないってわけでもないし。
きっかけがあれば人はここまで変われるのだろうか、だとしたら俺にもチャンスはあるのだろうか。
「滝上ー」
考え事をしていると立川に呼ばれていることに気づいた。
同時に教室に着き、後ろの席に4人とも座る。
「なになに、自分の世界に入ってたから私の声聞こえなかった?」
「そうかもな」
「今度またどこか行こうって話してたんだけどさ、どこか行きたいとこあったりする?」
正直俺には行きたいところなんてないし、本当なら部屋でゆっくりしていたい。
どんな用事であったとしても忙しくなることに変わりはないのだから、面倒ごとはできるだけ避けたいけど......。
「別に、どこでもいいぞ」
何故か断ることはできなかった。
昔の俺ならどんな誘いでも断ってたと思うけどな、もしかしたら俺も少しは変わったと言えるのかもしれないけど、まだ認められてはいなかった。
「それじゃさ、みんなの予定空いてる日にカラオケ行こっか。滝上と結羽歌はサークル忙しそうだから行けない日わかったら教えてね」
立川がそう言って間もなく、教授が入ってきて授業が始まった。
まだ授業の内容はついて行けてるが、ここ最近復習をする時間がなかなか確保できていないのが気がかりだった。
月曜日の午後は全ての時間に授業が入っているが、午前中は暇である、この午前中の空き時間を利用して金曜日の夜勤のシフトを日曜日にずらし、夜勤が終わった後に三限の授業までに寝ることにしたのだ。
何だかんだで5時間は寝れるし、金曜日の飲み会が強制のものになってしまった以上、こうするしかなかった。
また先輩と揉めたから、このままだとサークルを除名されたりとかするんじゃないかと思うと音琶に申し分がない。
俺は自分が不愉快だと思ったことにわざわざ合わせるのは馬鹿馬鹿しくて仕方がないと思う。
勿論それなりの常識はあるつもりだし、全てのことに言ってるわけではない。
ただ、一つの集団の中では当たり前の事だからといって、やって良いことと悪いことの区別もできずにやりたい放題されることが俺には耐えられないのだ。
空気読めよと言われても、最初から読む必要の無い空気には触れたいとも思わない。
一度鈴乃先輩を頼ってみてもいいかもしれない、今一度自分を振り返るためにも今後のためにも、俺はサークルを続けなければいけない理由がある。
せめてそれを果たすまでは、引き下がるわけにはいかないのだから。
何かを失うのにはもう慣れているはずなのに、それが耐えられないことだなんて思うあたり、俺はとっくの昔に変われていたんだな、とつくづく思う。
大切な人や物がある、ということを認めたくなかっただけなのは、よくわかっていた。




