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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第34章
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黒感情、あいつらを絶望させたい


「......よしっ!」


 音琶が最後の1枚を貼り終え、満足げな表情を見せていた。取りあえず今日の仕事はこれで終わり、か。残りの時間は流石にゆっくりしないと身体に毒だし、自炊は諦めて学食でも寄るとするか。


「5月ももうすぐ終わるし、だいぶ日が長くなってきたね」

「......そうだな」

「夕焼け、綺麗だね」

「......ああ」

「......」


 音琶の言葉に対して1つ返事しか返せない。まさか鳴香に会うことになるとは思ってもいなかったし、音琶にとって最後になるかもしれないライブに奴らが来るかもしれない、と思うと気が気でならなかった。


「もう! さっきから簡単な返事ばっかで話終わらせようとして!」

「すまん......」

「何? また何か変な事考えてるの!?」

「そりゃ......、考えてる」

「む~、悩みならいつでも聞くんだから、一人で抱え込もうとしないでよ!」

「......」


 全く、お前は鳴香が現れたというのに何も気にしていないのかよ。自分の大一番になるかもしれないってのに脳天気な奴だな。

 ......いや、俺が気にしすぎているだけか......?


「音琶、取りあえず今日は学食にするぞ。そこで色々話せたら......、助かる」

「よろしい! そう言うことはもっと早くから言うんだぞ?」

「......はいはい」


 何を偉そうな口調で言ってんだか。


 ・・・・・・・・・


 正門から1番近い学食を選び、中に入る。日曜日ということもあってか、普段より混んでいるように感じられた。


「学食久しぶりだね! 夏音のご飯じゃない日って、いつ以来だろ?」

「さあな、俺も良く覚えてねえ」

「早くしないと売り切れちゃうよ!」

「......そうだな」


 1日の課題を成し遂げて満足しているのか、飛び跳ねるように奴は食券機の方へと行ってしまった。


「全く......、学食より俺の飯の方が美味いだろ......」


 別に学食が特段好きなわけではない。疲れている時や自炊が面倒な時に便利だからたまに使うだけだ。

 俺も早々と適当な物を選ぶことにし、出来上がったら音琶と向かい合わせで席に着いた。


「それで、悩みって何?」

「ああ、そのことだが......」


 悩みと呼ぶべきなのか、別の言葉を使うべきなのかは置いといて、音琶に話しておきたいことなら2つ用意されている。

 1つはさっきの鳴香との会話。もう1つは機材関係の話だ。両者とも解決の見通しがなく、どう物事を進めていけば軽い気持ちで動くことが出来るのか、全く目処がが立たないのである。


 まずは鳴香の件を話すことにした。『最後のライブになるかもしれない』という言葉は使わず、敵と見なしても問題が無い相手がライブに来ることをどう思っているのかを......、


「何か夏音らしくない」

「らしくないって、どういうことだよ」

「周りの目なんて気にしてない、みたいなこと言ってる人が何でそんなに他人のこと気にするのさ」

「いや、だからだな......」


 確かに前までの俺は人間嫌いだったし、周りの意見や目は一切気にしていなかった。

 だけど、音琶と出会ってからは見方を少しずつ変えていったせいで、時の場合に応じて大切な人の感情を探るようになってしまった。

 確かに、俺は観客が誰であろうが関係無い。嫌いな奴が見ているというのなら、そいつが絶望するくらいの憎らしい演奏を見せてやろう、だなんて性格の悪いことを考えたりするくらいだ。


 だが、音琶は俺と同じことを思ってライブに臨んでいるのだろうか。

 去年の学祭の時、自分をいじめていたクラスメイトが現れただけで、まるで人が変わったようになっていただろ。


 怖かった、って言っていた。泣きながら助けを求めていた。

 俺はあの時の音琶を忘れることはない。

 音琶にとって最後のライブになるかもしれない、何度も自分に言い聞かせるさ。最後かもしれないからこそ、笑顔で終わって欲しいのだ。

 学祭の時みたいに、深い傷を負ったまま終わって欲しくない。


「少し......、学祭の時のことを思い出したんだよ」

「......」


 学祭、という言葉を出しただけで、音琶の顔が一瞬引き攣る。だけど、すぐに表情を整えて返事をする。


「......私ね、あいつらには絶望してほしいんだ」

「......!」


 絶望してほしい。音琶はそう言った。


「あいつらのことは許せないし、謝ってきたって絶対に話なんて聞いてやらない。だからこそ、私の演奏で、あいつらを絶望させたい。叶わないって思わせて、音楽に触れられなくなるくらいのトラウマを植え付けてやりたい」

「......」

「......ダメ、かな?」


 天真爛漫な少女がたまに見せる黒い感情。だが、その感情は俺の気持ちを雨から晴れにしてくれる。


「ダメなわけ、ねえだろ」

「夏音......!」


 少しでも音琶を疑っていたことが馬鹿らしくなる。音琶は俺と同じことを思ってライブに臨んでいるのだ。


「お前の言葉で悩みが1つ無くなった」

「そっか、良かった。私、結構性格悪いからびっくりさせちゃったかな? って思ったけど、大丈夫みたいだね!」

「ああ、お前の性格の悪さに救われたよ」

「ふふっ、良かったっ!」


 そこまで言うのなら、もう一つの悩みも早急に片付けないといけないな。音琶のお陰で気持ちが軽くなって、今すぐにでも解決法を探すために動き出したくなるくらいだ。


「あともう一つは機材のレンタルのことなんだけどな......」

「あ、その話なんだけどね......」


 言い終わる前に音琶が口を開く。迷いのない問いかけには何か仕掛けでも入っているのだろうか。


「実はちょっと考えていることがあって......」

「......?」


 音琶が何を考えていたのか、その答えが出てから俺は自分の視野の狭さを恨むこととなるのであった。

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