淡々声、聞きたくなくても
5月24日
順調に進んでいたライブの準備も、ここまで来て行き止まりになりつつある。
会場の確保や持って行ける限りの機材、ポスターやビラの作製と、上手く行っているように感じていたのが間違いだっただろうか。
まさかバイト先で機材がマルチしか借りれない、なんてことになるとはな。部室にあるものを根刮ぎ持っていったとしても、ライブが出来るまでには至らないのだし、市内のライブハウスから借りるにしても、望んでいた物が手に入るとも思えない。
時間は限られている。連絡するなら今すぐにでもするべきなのだから、今日の作業が終わった後にでも......、
「夏音~? 何ボーッとしてるの?」
「......!」
ふと音琶に名前を呼ばれ、我に返る。
「ポスター印刷出来たし、学生課からも許可取れたんだから、今から貼りに行くよ!」
目の前で両手を腰に当て、少し頭を前に倒しながら音琶は言う。考え事をしていた俺に対して少々の不満があったのだろうか、頬が少し膨れている。
「あ、ああ......」
「昨日のこと、まだ気にしてるの?」
「......まあな。上手いこと機材借りれるか不安だ、少しだけ」
「そっか......」
連絡が遅い奴らにも責任があったと思わなくもないが、借りれなかった時の事をほとんど考えていなかった俺にも責任がある。もう少し広く物事を考えておかないと、折角のライブも未遂で終わってしまうかもしれない。そう思うだけで焦りの感情が溢れ出しそうになってしまう。
さっきも一瞬周りが見えなくなっていたし、音琶が呼んで初めて我に返っていた。
「今は目の前のことに集中しないと! いつも冷静な夏音が焦っているなんて、らしくないよ?」
「......」
「まずはポスター貼っていかなきゃ! 全部貼り終えたら全体LINEでも言わなきゃいけないんでしょ?」
「......ああ、そうだよ」
「だったら、やることはわかってるよね?」
「......」
分かってるよ。分かってないわけ、ないだろ。
お前との約束が懸かっているんだから、俺はこんなにも冷静さを失ってるんだよ。それくらい、お前も分かっているはずだろ......?
・・・・・・・・・
2時間ほど経過しただろうか。ポスターはまだかなりの数が残っているが、貼れる場所はもう2、3箇所しか残っていない。
広いキャンパス内、辺りを見渡すとサークルの勧誘ポスターや告知のポスター、明るい物とは裏腹に生徒の呼び出しまで貼られている。
授業関係のものだと、クラスや教室毎にそれぞれ違う物が貼られているから、自分に関係あるものを探すのにひと手間かかる。
それとは逆に、サークルのポスターだったらどこの掲示板にも貼られているから、わざわざ離れた所まで歩かなくて済む。
沢山の人の目に留まって欲しいから、嫌でも目に付くように沢山刷ってきたが、効果は現れてくれるだろうか。
「あとはここと......、ここに貼れば終わりだね!」
音琶はキャンパス内の地図を手に、ポスターを貼った場所にペンでマークを付けている。取りあえず今日の作業は終わりを迎えようとしているが、残された課題をどうやって片付けていくかは白紙だ。
......取りあえず、これが終わったら市内のライブハウスに片っ端から連絡するとしよう......。果たしてそれで上手く行くかどうか、茨の道であることは確かだ。
「あれ、音琶と夏音じゃない?」
次の掲示板の場所へと行こうとしたその時、右から聞き覚えのある淡々とした声が聞こえてきた。
「......!」
こいつとは、去年までは色々とお世話になったな。敵なのか味方なのか、何を考えているかも分からない変な奴。それがお前......泉鳴香、だったな。
「鳴香......」
音琶が小さく名前を呟く。音琶ともよく分からない複雑な関係だったし、俺もバンドは組んでいたものの、いまいち分かり合えているかも謎な間柄だった。
軽音部を辞めて以来、こいつのことなんか特に気に留めても居なかったが、今更何故俺らに話しかけてきたのだろうか。そもそもこいつはまだ軽音の部員をやっているのだろうか。
奴は俺が持っていたポスターに視線を移し、右手を口元に当ててこう言った。
「へぇ......。あなたたち、今こんなことを企てているのね」
いつもの淡々とした、感情の起伏を感じさせない声で言っていたが、心の奥ではどこか闇を感じるような、そんな言い方をしていた。
「......何か文句でもあんのか?」
「文句なんて無いわよ。ただ、あなた達の実力だったら軽音部員を辞めても音楽までは辞めない、という意思が伝わってきて、ね」
「......」
どうやらこいつはまだ軽音部員のようだな。いつだったか言われていたように、副部長にでもなったのだろう。
まあ、俺にとってはどうでも良いことだけど。
「なあ鳴香、1つ聞いても良いか?」
「何?」
「お前はまだ軽音部員のようだが、俺と音琶はもう違う。あそこの掟がどうだったかなんてもうどうでも良いけど、辞めた部員と会話をするのはルールに反するんじゃないのか?」
「別に、サークル外であなたたちと会話する分には問題無いわよ。あなただって、去年日高君と仲良くしていたんじゃないの?」
「......」
「あの掟は、あくまで''一度辞めた部員は最初からサークルに入ってなかった''ってことにしているだけで、''辞めた部員と会話してはいけない''ってわけじゃないのよ。最も、辞めた後に再入部することや、サークル内で辞めた部員の話題を出すことは固く禁じられているけど」
いちいち面倒な掟だよな、そんなもの制定するくらいならもっと他に大事なことがあるはずだろうに。
「だから、こうして部外であなたと話す分には掟破りにならないのよ。そもそも、副部長が掟を破る様な行為をしたら、どんな罰が下るかも分からないわよ」
ああ、やっぱり副部長になっていたか。てことは部長は茉弓先輩、だろうな。
「......はっ、いちいち下らないことに囚われながらサークルやってて楽しいのかよ。相変わらず変わった奴だよな、お前」
「そうね、あなたの言う通りよ。変わっているのは、夏音も音琶もだけれど」
何言ってんだかこの女は、相変わらず奇妙な奴だ。まあいい、今はもうただの他人でしかないのだから、せいぜい互いの害にならないように距離を取っていかないといけないだろうな。
「そうそう、最後に1つ、これだけは言っておくわ」
「......何だよ」
「あなたたちがどんなライブをするか、本番楽しみにしているから」
「見に行くのか?」
「ええそうよ、これも掟を破ることにはならないから」
「......勝手にしやがれ」
出来るだけ沢山の人に見てもらいたい、そう願ってはいる。
だけど、必ずしも鳴大生全員に見てもらいたい、というわけではなかった。
可能な限り顔を合わせたくないような相手が来る。そう思うだけで拳を握る力が強くなっていた。




