不可能、可能に変えるためには
やがて時間になり、俺と音琶と結羽歌はバイト先へ向かう。
いつものバス停に辿り着き、バスが来るのを待っていたのだが......、
「美味しかったね! 私久しぶりにお肉一杯食べちゃった!」
「まあ、たまにはああ言う機会があってもいいよな」
膨れた腹を擦りながら、音琶は美味い肉を食った余韻に浸っているようだ。タダ飯だからなのかは知らんが、かなりの速さで箸を動かしていたなこいつ。
まあ、いつ美味い物が食えなくなるかもわからないのだし、食いたい物は食える内に口にした方がいいか。
「私も、部員のみんなでご飯食べれて楽しかったから、またやりたい、かな?」
結羽歌も結羽歌で満足していたみたいだった。音琶ほどでは無いが、こいつも意外と食う方だし、折角の機会を逃すわけにもいかなかったのだろう。
残った部員達は午後以降も何かするみたいだったけど、今度はバイトが無い日に先輩達の企画に参加するのも有りだな。
「そうだね! 実はまだ腹四分目くらいだったから、次こそはもっと食べたいんだ!」
「え、えぇ......。音琶ちゃんの胃袋って、ブラックホールか何かなの、かな?」
「うーん......、そうだったらいいんだけどね~」
「あんまり食べ過ぎるのも、身体に良くないから、気をつけてね......?」
あれだけ食ってまだ四分目は確かにおかしい、どうかしている。奢って貰っているのだから、少しは遠慮した方が良いと思うのだが、言った所で聞く様な耳は持っていないか。
「今結羽歌が言った通り、ほどほどにした方がいいかもな。食い過ぎて出臍になっても知らねえぞ」
「なっ......!」
少しからかい過ぎただろうか。音琶の顔はみるみる内に赤くなり、両手を振り回して怒り出してしまった。
「夏音のバカっ! アホっ! デリカシー皆無!」
そう言いながら両手で軽くポカポカと叩かれ、流石に悪かったと思いつつ俺は続ける。
「どうせストレートに注意しても言うこと聞かないと思ってだな」
「っ......!」
悔しそうな表情をしていたが、音琶の手が止まった。相変わらず顔は赤いままだけどな。
「お、女の子に対してそんなこと言うのは、良くないことだと思うな!」
「......悪かったよ。でも気をつけろよ、楽しむのは自由だが、周りも見ないと手遅れになるかもしれないからな」
「......うん」
俺と音琶のやり取りを見て結羽歌はキョトンとしていたが、音琶の身体のことをこいつはまだ知ってはいけないのだ。俺だって優先しないといけない事が溢れている以上、他の誰かに教えてはいけない。
目の前のことに一生懸命になっている奴らに、命に関わる重大な話を持ちかけるのは、不躾にも程があるからな。
そうこうしている内にもバスが来て、目的地に着く頃には音琶の機嫌が元通りになっていた。
全く、相変わらず単純な奴だ。
・・・・・・・・・
XYLOに着き、いつものように挨拶をオーナーにしようとしたその時......、
「あ、夏音来た!」
中に入るや否や、オーナーが挨拶もせずに飛び出してきた。
「......おはようございます、どうしたんですか?」
「いやー、それがさ......」
「......?」
気まずそうな表情をしながらオーナーは言葉を濁らせる。いつもはっきりと物を言うオーナーが珍しい、一体何があったのだろうか。
「ごめんっ! マルチしか機材貸せれないわ! 待たせたのも合わせて謝る!」
両手を合わせ、頭を下げるオーナー。『貸せれない』という言葉に一瞬頭が真っ白になりそうになったが、何とかして冷静を保つ。
「......そうですか、ならどうにかするまでです」
「マジでごめんっ! 今月の給料ちょっと増やすから許して」
「別にそこまでしなくて良いですよ。最初に無理なこと言ったのは俺ですし」
ここまで上手く行っていたのに、こんなタイミングで壁にぶち当たることになるとはな。明日からポスター貼って、ビラ配って、少しずつ集客していこう、という段階まで行ったというのに、な。
......一応、手当たり次第市内のライブハウスに連絡して、機材のレンタル頼むとするか。XYLOほど揃っている所無いし、土曜日ということもあるから望み薄だけどな。
「夏音......」
隣で音琶が心配そうに見つめてくる。音琶にとって最後のライブになるかもしれないのだから、不安になるのも無理は無い。
だけど、まだ終わったわけではない。たまたまXYLOが不可能だっただけで、他の場所では可能かもしれないからな。
「......大丈夫だ、心配するな」
「......」
......そんな言葉で音琶が安心するわけ......ないか。
だけど、何とかしないとライブは開催出来ない。出来る限りのことを尽くしていく、それが今果たすべき俺の役目なのだ。




