練習後、何かが出来れば
初めてスタジオでの全体練習が終わり、後は授業の復習をして1日を終えようと思っていたのだが、予定外のイベントは避けられないようだった。
折角音同に入ったのだから、部員の気まぐれで『どこか行こう』的なノリは発生しないと思っていた。だが、所詮思い込みに過ぎないようで、巻き込まれる日常に変化は得られなかったようだ。
「いっただっきまーす!」
もう22時過ぎてんだぞ、なのにこんなもの食ったら健康に悪いだろ......。
「あれ? 夏音食べないの?」
「いや、食うけど......」
バンドメンバーと響先輩を含めた6人で向かった先、それはラーメンのチェーン店だった。
まあ......、バンドマンは生粋のラーメン好きって言うし、いつかはこんな場面に遭遇するとは思っていたが......、というよりもここよりヤバい所に最近連れられたばかりではあるけども......。
スタジオ帰りの夜に食うようなものではないのは確かだ。
「早く食べないと麺伸びちゃうよ! いらないなら私が貰っちゃうけど!」
「いや、ちゃんと食います......だから音琶は気にしないでくれ......」
「ほんと? ちゃんと食べないとダメなんだからね!」
全く、無理させやがる。一応これでも脂は少なめ味は薄めにしたのだが、夜食慣れしていない俺からしたら味がどうであれハードな道のりなのだ。
まあ、食い物を粗末にするのは良くないことなのは分かっているし、みんなが食べている中たった1人が空気を乱すようなことをするわけにもいかない。
あまり乗り気ではないが、こういう場がバンド間の距離を縮める機会になるかもしれないと思うと、我を貫くのは申し訳ない気がしてきた。
「......いただきます」
渋々ながらも箸を進め、塩分の塊を胃袋に詰め込んでいく。未だに慣れないカロリーの暴力に翻弄されながらも、残してはいけないという意思が箸を動かしてくれる。
他の奴らはもうすぐ食べ終わりそうな勢いで、音琶に至っては具がなくなると丼を持ち上げて、スープ一滴も残すまいと脂を口の中へと流し込んでいた。
「ぷはーっ!」
美味いものを食べる時の音琶は相変わらず幸せを噛みしめているようで、病気のことも忘れさせてくれるほどの破壊力がある。
こういった些細な日常も、音琶にとっては幸せそのものなのだろうな。それに応えないと、ここにいる意味が無くなってしまう。
「美味しかったーっ!」
誰よりも早く1番に食べ終えた音琶は満足そうに下腹部に手を当てていた。まあ、音琶が頼んだのは固め濃いめ脂多めだしな、多少腹がきつくなるのも無理は無い。
「わっ、音琶ちゃん食べるの速いね......!」
「うんっ! こんなに沢山でご飯行くのは初めてだったから!」
「そっか......、そしたら、これからスタジオ帰りはみんなで、ご飯食べにいけたらいいね......!」
音琶の右隣で結羽歌が答える。軽音部の時は練習後にどこかに行く、みたいなことは無かったし、全員張り詰めたような空気を醸し出していた。
食ってるものはともかく、今日のような出来事は大学生活で初めてだった。練習して終わりにするのではなく、練習した後に何かするのも悪くはない。
「うん......! みんなで色んなとこ行ったら、きっと楽しくなるよ......!」
......そんな会話を聞きながら、俺はスープまで飲み干した。まるで今後のことを想像するかのように、起こり得ないかもしれない希望すら考えて......。
・・・・・・・・・
課題はまだまだ山積みだ。それでも、時には精神を安定させる出来事も大事なのかもしれない。
「美味しかったね!」
結羽歌達と別れ、家路へと向かう俺と音琶。ギターケースを背負う姿は貫禄を感じられたが、どこか弱々しさも感じ取れる。バンドの始動が本格化してきて、音琶とのゴールも見えてきているのかもしれない。そう思うと、達成感と共に寂しさも兼ねられてきて、音琶の最期への近道になってしまうと感じてしまう。
本当に今のままで良いのだろうか、もっと良い方法があるのではないか。考えて解決出来る話ではないが、考えることで最善へと近づく事は出来る。
さっきまでの出来事が音琶にとっての幸福なら、俺に出来ることは......、
「......また、行こうな」
スタジオ練終わりに、音琶とバンドメンバーと、その時賛同していた音同部員で、何か簡単な催しが出来ればいい、そう思った。
「勿論だよ! 練習終わりのラーメンは、格別に美味しいんだから!」
少し通じ合っていないように感じられたが、幸せを願う気持ちは同じようだ。
俺と音琶が見据えた未来は、行動次第で決まるのだ。幸せを願う少女は、何を思ってここまで生きて来れたのか、何を感じてきて......、
最高のバンドの定義はもっと真剣に考えておかないと、叶えたい願いも未遂に終わってしまうだろうな。




