会場、思い入れのある場所で
土曜の午前ともなれば、運動系のサークルが体育館を既に使っているケースが多い。ゴールデンウィークも明けたことだし、休日気分から一気に切り替える時期だろう、中に入るなり大きな掛け声や上靴が床と擦れる音が響き渡っていた。
「ここ、軽音部のライブで使ってたとこだよね?」
「そうだな」
初ライブの時と、学祭ライブの時に使っていた体育館である。比較的広めで、かなりの人数を収容出来る。一応受付まで行って音響機械を見せてもらうくらいはするが、サークルの知名度を考える限りではここを使うのは難しいだろう。
「予約は今日中に終わらせるの?」
「出来ればそうしたい。他のサークルと予約がダブったら元も子もないからな」
軽音部の奴らが去年、いつ頃のタイミングで体育館の使用許可を取っていたかは知らないが、こう言った類いの話は早いとこ済ませておいた方が吉だ。絶対にあって欲しくはないが、万が一キャンセルする時のことも考えたら、な。
「......ねえ、いっそのこと、当日空いてたらここにしない?」
「は? 何でだよ」
「だって......」
この広いキャンパス内、ここよりずっと狭い体育館だってあるのだし、収容人数が期待出来ない現状、あまり大きな所ではやりたくない。いきなりハードルが高すぎるし、何よりも歓声が小さい所で演奏しても、惨めな気持ちになるだけだ。
......前の俺なら、観客のことなんて特に考えもせず、自分の演奏だけに焦点を当てていたから、人数のことなんて正直どうでも良かった。
だけど今は違う。音琶と最高のバンドを完成させるためには、まず会場をしっかり埋めなければならないと思ったのだ。誰が見ても魅力を感じさせ、惹きつけられる様な演奏をして、次に繋げる。目標をどんどん大きくしていく。
そんな皮肉を反射するかのように、音琶は続ける。
「だって、ここは私と夏音が初めてバンド組んだ場所だもん! 思い出なんだもん!」
「......」
「だから、もう一度、ここで演奏して、次こそはちゃんと満足行く結果にしたい......!」
「音琶......」
まあ、俺も決してこの体育館に対して思い入れが無いわけではない。有り得なかったはずの出会いを果たし、共に初めて同じ音を奏でた場所である。
あの時の感覚は今でも覚えている。いくらサークルのやり方が気に入らなかったとしても、あの時音琶と同じ空間に居た、という事実は揺るがない。
無意識に頭の中であの景色を思い浮かべる。一度辞めたはずの音楽を嫌々ながらも再開し、出会って間もない少女と奏でた音......。
それは紛れもなく、俺自身から発せられた音だった。そして、音琶の音も、しっかり脳裏に焼き付けられていた。
忘れてはいけない。あの日から、俺は音琶と恋人同士になったのだ。それを思い出以外に何と言おう。
「......反対意見出ても、言い訳出来るくらいの言葉は用意しておけよ」
全く、相変わらず俺は音琶の言葉に乗せられるのが得意なようだ。押しに弱くないはずなんだけどな、音琶は例外ということか。
「夏音......!」
「喜ぶのはまだ早いからな、ライブが成功するまで我慢しとけ」
「うんっ! うんっ!」
喜びが爆発する寸前まで来ているが、返事で何とか抑えられている感じだった。
体調の面が気がかりだが、音琶は俺と共にライブが出来る事が何よりの幸せなのだ。幸福感は時に生命力を超えるのかもしれないな。
「取りあえず、使用許可貰って、足りない機材の確認していくぞ」
「は~い!」
大きく手を上げ、笑顔を振りまく音琶。俺が守りたいものが、今この瞬間、目の前に拡がっている。
ただライブをするだけではない。共にライブをする奴のことも考えて、大雑把ではなく精密に事を進めないといけないのだ。
受付に向かい、日程の確認と使用機材について聞き出す。
予定日の7月4日は空いていて、2階に行けば音響機材が置いてある部屋があり、そこにあるものなら自由に使っても良い、とのことだった。
足りない機材と言えば、楽器に使うマイクにシールド数本、マルチボックスくらいだろうか。アンプに関しては個人で持っているミニサイズのものを使うことになりそうだし......。
問題を強いて言うなら、PAや照明は誰がするか、だな。ミニアンプを使うともなれば音響技術が高くないと難しいだろうし......。
こう言った所も部会を使う等して上手く合わせていかないといけないから、場所の確保が出来ても油断は禁物だ。
準備はまだ始まったばかりだ。順調に進むことを願うばかりだが、ライブ会場の予約までは出来た。
果たして部員共は、広い場所でのライブ開催をどう思うのだろうか。やや不安も残るが、決めた事は最後まで貫き通していきたい所だ。




