現実を見て、明るい未来に向かうために
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響先輩が去ってからも、俺と音琶は店の中に居座り続けていた。特に何か話すわけでもなく、ただ呆然と外を眺めたり、店内の動きを観察したりと、端から見たら『早く帰ってくれ』と思われても仕方無いような佇まいだった。
せめて何か注文するか、簡単な話題を持っていけばいいだけのことなのだが、あんな話を聞かされた後では次の行動への切り替えもやりづらい。
「ねえ夏音......」
ようやく音琶が口を開き、大事な話が始まるのかと思っていたのだが......。
「アイス頼んでも良い......?」
「.........」
直後の第一声がこれかよ。
・・・・・・・・・
「......はむ、はむ」
「......」
特に感想を述べることなく、ほぼ無言でバニラアイスを咀嚼する音琶。いつもとは違う反応に違和感を覚えつつも、音琶がさっきまでの話を聞いて何を思っているのかを聞くことにした。
「......美味いか?」
「うん、美味しい」
「なら良かった」
まあ、甘い物食べて気分を落ち着かせたい、といったところだろう。催促しなくても勝手に話を進めてくれるに違いない。
「......ごちそうさま」
静かに手を合わせ、アイスを平らげた音琶は少し張り詰めたような表情で俺のことを見つめていた。
「あのね、やっぱり私、納得いかないんだ」
「......」
何に対して......なのかは聞かずともわかることだ。
確かに和琶を轢いた張本人も悪いし、周りを見ずに飛び出した和琶にも責任があるのかもしれない。だけど、それを引き起こした根源は、軽音部の実態にある。
警察だって碌に調査もせず、目の前に起こったことだけに焦点を当てていたから、軽音部のやり方には一切触れなかった。音琶や響先輩がどう説得しようとも全く耳を貸さず、ただありのままに起こったことだけが見つめられていた。
運転手だってある意味被害者だろう。当時の先輩達がアホみたいに飲ませてなかったら、和琶が飛び出すなんてこともなかったのだから。
「軽音部のやり方は何もかもが間違っているし、誰かを幸せになんかしていない。それなのに、あの人達は平気な顔して外に出て、平気な顔して私達と同じような生活をしている」
「......」
「そんなの、理不尽だし、おかしい。私の大事な家族が居なくなっても、知らない顔して活動を続けているだなんて、有り得ない。あんな所、早くなくなっちゃえばいいのに、って思ってる」
音琶がここまであのサークルに対して負の感情を曝け出すのも珍しいな。だが、家族絡みの事件の真実が明らかになった今、音琶にとっても感情の転機が訪れているのだろう。あとは今後の行動に掛かっているのだが......。
「だけど、今更警察に再捜査してほしい、なんて言った所で聞いてくれるわけないぞ? あいつらが勝手に解決させたんだし、明確な証拠が無いのなら尚更だ」
「うん......。だから、軽音部を無くすことは、私だけの力じゃどうにもならないことだって、わかってる。悔しいけど、現実はちゃんと見ないと、ダメだよね......」
「......」
こいつ、少しは大人になったようだな。前なら何が何でもサークルを廃部させようと奔走していただろうに。まあ、飲み会や部会の様子を動画や音声で残していれば、活動停止くらいには追い遣ることは出来たかもしれないけどな。残念ながらそんなデータは持っていない。
「夏音との約束も叶えないといけないから......。和兄のこと知れたから、次は約束のために動きたい。それが、私の次にやりたいことだよ」
「......そうか、お前がそうしたいなら、俺もお前の願いに付いていくからな」
そろそろ店も出たほうがいいだろう。あまり長居しすぎては周りの奴らの迷惑になる。
だが、帰る前についさっき思いついたばかりのことを話すとしよう。警察なんか頼らなくても、物理的に軽音部を衰退させる方法をな。
「なあ音琶。軽音部を落とす方法なら、無いことは無いからな」
「えっ......?」
「直接あいつらと殴り合いをするわけでもなく、警察を使う必要も無い、とっておきのやり方なら、一つだけある」
「それって......?」
成功する保証もないし、失敗のリスクだって大きい。
だけど、少しでも鬱憤を晴らせるなら、やってみたっていいはずだ。
「音同が、軽音部を超えるサークルになればいいんだよ」
「......!」
「あいつらのやってることはゲス以外の何物でもないが、部室の環境や知名度では誇る物がある。音同に足りてないものがあいつらにはある。だったら、音同が軽音部を蹴落とせるくらい大きくなってやればいい」
「夏音......」
何が正しくて何が間違いなのか、そんなことはわからない。音琶は俺の言ったことが正しいと思うかもしれないが、他の奴らは間違っている、と言うかもしれない。
間違っていると言って俺の元を去るような奴は、所詮その程度の関係だった、ということで割り切れば良い。俺は俺の正しいと思った道を突き進む、ただそれだけのことなのだ。
「成功させるためには、まず俺が部長にならないと難しいことかもしれないけど、響先輩が賛成してくれれば近道にはなるだろうな」
音琶は俺の意見をどう捉えるだろう。卑劣なやりかただと思うだろうか、それとも憂さ晴らしには丁度良いと思うだろうか。
「私......、夏音と最高のバンド組むって、約束したから......。だから......」
どんなに悪いことをした奴らでも、仕返しするのは良くない、とでも思っているのなら、俺は音琶を見損なうだろう。
これは仕返しなんかではなく、あくまでサークルの質を上げるための手段に過ぎない。時には誰かを打ち負かさないと、生き残れないことだってあるのだ。
「私、夏音と一緒に頑張る! 最高のバンドも完成させて、音同も大きくさせる!」
音琶の決意は、俺と同じだったようだ。
死んだ人間は決して帰ってこない。過去に囚われるより、今現在と、この先起こり得る未来に向けて動き出す。それが俺の出した決意。
正しさや間違いなんかどうだっていい、幸せになれる方法を探し出して、やりたいことや叶えたいことに向かって動き出す、そう決めた。
これからまた忙しくなる。だけど、その忙しさでさえ、俺は楽しみにしているのだ。




