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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第33章
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やりたいこと、音琶を救う第一歩

 その日の夜、俺と音琶は珍しく外食に出かけていた。

 たまには気分転換として濃い味の飯を食うのも悪くないだろう。俺が作った飯以外にも美味いものは沢山あるのだし、音琶には満足行くまで好きなものを食べて欲しい。


「なあ、本当にラーメンで良かったのか? もっとこう、普段食えないようなものとかじゃなくてだな......」

「ううん、私は夏音と一緒にラーメン食べたかったから、高いも安いも関係無いよ?」

「......まあ、お前が良いならそれで」


 病院から部屋に戻り、少し話した後の出来事だ。どうせもうすぐ好きなものも食えなくなるのなら、今のうちに食いたいものを好きなだけ食えば良い。金なんてもうどうでもいい、音琶のために何度でも稼げばいいのだから。

 結局二十歳まで生きられないかどうかは不明、ということでいいのだろうか。医者の言っていたことが嘘なら、もう少し長く生きられる可能性はあるが、明日死ぬ可能性の方が高いのかもしれない。

 音琶に明確な日数や年月を教えていない辺り、期限が迫るにつれて精神的な問題が発生しないための黙秘、ということになるのだな。


 病院に訪れたのは音琶唯1人だし、父親も居れば状況は変わっていたかもしれない。患者本人だけでは、伝達できる情報も限られている、ということか。

 だけど、音琶には夢があるのだし、命が掛かっているとは言え諦めているわけではない。本当のことを知った状態で目標に向かうのは野暮な話だ。医者は音琶の話を聞いた上で嘘を吐いた、と考えればしっくり来なくもないな。


 そう考えている内に、注文していた料理がテーブルに運ばれていた。


「な......!」


 目の前に映っているのは、大量の糵が山のように重なり合い、強烈な大蒜と脂の臭いを放つ、ラーメンのようなものだった。いや、これはラーメンの一種か。本物を見るにしては衝撃的過ぎる。


「......」


 この世のものとは思えない刺激物の奥深くを箸で覗いてみると、鮮やかな黄色の麺とスープの上で浮遊している大量の背脂が蠢いていた。

 音琶の奴、俺の知らない所でこんなもの食ってたのか? 不健康にも程があると思うが......。


「ん~、美味しい~!」


 器用に野菜と麺を絡ませながら、カロリーの塊を幸せそうに頬張っていた。こいつ、さっきまで自分の身体がどうとか言ってた癖に、こんなもの食って罪悪感は感じないのだろうか。

 まあ、生きている内に好きなものを鱈腹食べて欲しい、という気持ちに嘘はないし、何より幸せそうな音琶の顔を見ていると、注意する気力も失せていた。


 話を聞いた限り、食事を制限されているわけではなさそうだ。なら、音琶の好きなように、やりたいことをさせればいい。

 気にしていたら、思い出も薄れてしまうからな。


「ほら! 夏音もはやく食べなよ!」

「あ、ああ......」


 音琶に言われて我に返り、麺を一口啜る。


「......!?」


 いやマジで何これ、本当にこの世の食べ物かよ、濃いとかいう次元を遥かに超えてやがるぞ?

 食い切れる自信ないのだが、せめて半分くらい食ってあとは音琶に任せるか......?


「あ、言い忘れてたけど、ちゃんと完食しなかったら罰金だからね? このお店のルールだよ!」

「......」


 ふざけんな。


 ・・・・・・・・・


 何とか罰金は免れたが、店を出て部屋に戻るまでが地獄だった。いや、今も充分地獄だが。


「夏音、大丈夫?」

「あ、ああ......。今にも吐きそうだけどな......」


 部屋の中に入ってすぐベッドに横になり、楽な体勢で身体のバランスを整える俺。それを見て軽く心配してくれる音琶。何だこれ。


「そっか......。やっぱ夏音にはまだ早かったかな?」

「いや、早いも何もないのだが......」

「なんかごめんね、今度は結羽歌と行くことにするから」

「はあ......」


 結羽歌も行くのかよ。あいつ、あの小さな身体でよくあんなもの食えるな?


「でも、ありがとね。夏音と一緒に行けて嬉しかったよ」

「......」


 まあ、俺も、音琶と外食が出来て、嬉しくなかったわけではない。さっきのような何気ない日常が、いつ崩れ去るかもわからないのだから......。

 できる限り長く続いて欲しいし、明日明後日に終わりを告げるなんて、考えたくない。


 俺と音琶は未知の領域を彷徨っている。夢が叶うまで、そして叶った後も、決して立ち止まってはいけないのだ。

 だから俺は......、


「なあ音琶、これから先、やりたいことってあるか?」

「えっ......?」


 死ぬ前にやりたいこと、ではなく、これから先やりたいこと、と俺は言った。

 死ぬ前に、なんて言葉を使ったら、音琶との約束を諦めているみたいで、嫌だったから。


「何だって良い、俺に本音をぶつけてくれよ」

「......!」


 自分で思うのも何だが、音琶に対しては棘の無い言葉で話すことが出来ている気がした。共に苦難を乗り越え、愛を確かめ合った2人なのだ。簡単に絆は壊れない。


「そうだね......」


 少し困ったような表情をしながら、音琶は考え込み、悩む。小さい声で独り言を呟きながら、やりたいことを思考していき、答えを導き出そうとして、また悩む。

 そんな細かい動作がまた可愛くて、退屈を忘れさせてくれる。


 そして一つの決断に至ったようで......、



「私、今度こそ和兄のこと、はっきりさせたいな」



 最初に発した言葉はこうだった。


「......」


 今までの俺なら、音琶はまだ過去に囚われていると認識していただろう。だけど、12月25日の音琶と、今の音琶では表情が全然違う。

 兄の真相を知るために軽音部に入ったことが間違いだった。では、その間違いをどう正せばいいのか、音琶は答えを見つけたのだろう。


「音同には、元々軽音部員だった先輩がいる。その人達は、和兄のことを知っている。なら、あの日何があったのか、ちょっとでも知ってるかもしれない......」

「......そうだな」

「未練があるからこんなこと言ってるのかもしれないけど、私の大切な家族だから......、何も知らないまま死んじゃうのは......嫌だ」

「......」


 鉄は熱いうちに打て、という諺がある。限られた時間の中で、自分のやりたいこと、知りたいことをはっきりさせるために、好機を逃すわけにはいかない。

 音琶の大切だった人に何があったのか、それを確かめないと、後悔したまま音琶は一生を終えることになってしまう。


 迅速に行動しないと、音琶は救われない。兄の真実を知ることこそが、音琶を救う第一歩となるのだ。

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