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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第33章
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不治、どんな手を使っても

 時と場合によって、人は嘘を吐く生き物......。俺はそう認識している。

 その嘘が人を傷つけるか、それとも安心感を与えるかは誰にも分からない。だが、嘘を吐くことで物事が上手く進んだり、得をする奴が出てきたりもする。


 今回、音琶に嘘を吐いた奴らは何が目的だったのか、何を考えて音琶に嘘を吐いたのか、最低限考えないといけないようだな。


「取りあえず、話聞かせてくれるか?」

「うん......」


 誠に遺憾だが、俺は音琶の家族ではないため、直接音琶の診察に関わることは出来ない。せいぜい病院まで付き添うくらいのことしか出来ることはない。

 待ち時間が3時間を優に超えていたから、普通の診断を受けたとは到底思えないし、今までの19年間について話していたとするなら、膨大な情報量を吐き出すことにもなる。

 医師とのコミュニケーションを成立させるためにも、想像を絶する出来事が起きていたに違いないが、長年世話になっていた場所をあからさまに嫌がるのには大きな理由があるからだ。


「心臓に悪い腫瘍がついていて......、生まれた時にはもう、ほとんど手遅れだったんだって......。二十歳までって言ってたのに、あれは嘘だったんだって......」

「......」


 ......別に予想外でもない......か。そもそも、生まれつき難病を抱えている人間がここまで生きてこられたのも奇跡に近い。ましてや心臓の病気で、悪性の腫瘍があったなんて、普通ではありえないような事態だ。


「滅多にない症例だし、歩けているのが、信じられないって......。手術しても、進行が遅くなるだけで

治せるわけじゃないって......」


 まあそうだろう。心臓の悪性腫瘍なんてあまりにも稀すぎて、身近な人間に1人居るだけでも驚きだ。大抵の場合は良性だし、早い内に手術しておけば普通の人間と何ら変わりもなく生活が出来る。

 悪性の場合は、手術しても再発することがほとんどだし、生まれつきのものなら治らない病気と言われるのも納得してしまう。

 過去に一度手術はしていたようだが、それはあくまで完全に取り除けるかどうか、そして進行を遅らせるためだけの過程だったのだろう。今回の結果がそれを明確にしていると捉える事が出来る。


「私が今日あそこに行かなければ、ずっと黙ってるつもりだったって言われたよ......。せめて好きなように生きて欲しいって意味で......」


 涙は出ていない。今まで泣き続けたから、これ以上出てこないのだろうか。いや、絶望の寸前まで行ってるから流れないのかもしれない。

 だが、俺はその程度のことには屈しない。人間いつか必ず死ぬ生き物だ、目の前の危機に怯えるくらいなら、最期の時が来るまで好き放題すればいい。


「検査の結果は、どうだったんだよ」

「それは......」

「言えないのか? 言いたくないなら無理に言う必要もないが」

「あー......、うん。今は言いたく、ない、な......」

「そうか、まあいい。言いたくなったときに言えばいいのだから」

「うん......」


 良い結果は得られなかった、か。まあ治療に意味を成さない病気に良い結果なんてあるわけないよな。

 だが、それでも音琶がここまで生きて来れたというのなら、進行が遅れている可能性だってある。人は完全に絶望したとき、呼吸をしていても抜け殻と相違ない身体になってしまう。そうなる前に、音琶には何度でも希望を与え続けないといけない。


 それが出来る奴は、この世界で俺だけだ。


「なあ音琶、お前は俺との約束を忘れたわけではないよな?」

「......!」


 俺の問いかけに、我に返ったように目を見開く音琶。


「お前がどんな病気を抱えていようとも、約束は約束だ。これだけは守ってくれないと困る」

「夏音......」


 不治の病を抱えているから、約束を諦める? そんなわけないだろう。

 命を優先するのも大事なことだが、時と場合というものがある限り、常識に囚われるのも馬鹿馬鹿しい。


 音琶の意思が1番大事だが、音琶が俺と同じことを思っているのなら、今までと何の変化もない生活をしていけばいいだけの話なのだ。


「確かにお前はもう長くないのかもしれないし、普通の人間とは違うのかもしれない。だけどな、お前はこれからどうしたいのかだけ、はっきりさせてくれ」


 覚悟の上だった。


 手術をすれば進行が遅れて、少しは長く生きられるかもしれない。入院生活を余儀なくされるだろうが、二十歳だって超えられるかもしれない。


 今まで通りの生活を選べば、身体への負担は避けられないし、前みたいに倒れることは確実......。最悪の場合そのまま死ぬことだって有り得るだろう。


 この場合、後者を選ばないと約束は果たされない。

 だが、人の命が掛かっている状況に目を瞑るなんて無責任なことはしたくないし、俺の意思だけで物事を進める気はない。


「お前は俺と初めて会ったとき、自分の身体そっちのけで無謀な約束を持ちかけてきたよな?」

「うん......」

「あの時の言葉、嘘だったなんて今更言わないよな?」

「......」


 即答はしなかった。悩むのも無理は無い。だけど、我儘だとわかっていても、音琶には首を縦に振って欲しい。


「私......、今でも怖い。今までと同じやり方で頑張ったら、本当に死んじゃうんじゃないかって、考えちゃう......」

「......」

「でも......でもね......!」

「......でも、なんだよ」


 言葉を途切らせながらも、自分の意思を伝えようと頑張っている。大方、どんな言葉が返ってくるかは予測出来るが、音琶の口から直接聞かないと、俺も満足出来ない。



「私......! 夏音との約束は絶対に、何が何でも、命を賭けても守りたいよ! 今はまだ落ち着かないけど、私の気持ちは出逢った頃のままだもん! だから......、病気は怖いけど、でも、諦めたくないんだもん......!」



 ......思ってたとおりの言葉が返ってきたか。

 音琶の意思は固い。大きな隔たりが出来た所で、簡単に折れるほど弱い奴ではないってことくらい、とうの昔に知っている。


 だけど、俺も少し不安を感じてはいた。もし音琶が恐怖に怯えて、塞ぎ込んでしまったらどうしよう、とも思った。


 だが、音琶は音琶だ。俺の知っている上川音琶という少女は、他の誰よりも強いのだ。

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