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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第32章
474/572

後悔、殻に閉じこもるくらいなら

 +++


 4月28日


 何だかんだカジュアルバーでのバイトも続けられている。

 1年後期でいくつかやらかして再試を乗り越えてきたけど、結局単位なんてギリギリでも取れればいいってことを学んでしまった。再履修が無いだけ恵まれていると思ったし、進級することの大変さが自分の学力と共に伝わってきた。


 高校時代、結羽歌と張り合うくらいに成績は良かったはずだけど、ベースに触れてから私は大きく変わってしまったのよね。

 勉強というモノがそこまで自分にとって大事じゃないってことが分かって、本気で向かい合いたいことが新たに見つかったって言い張ることが出来るようになった。


 それでも、あのこは私を求めてこの店にやってくる。また何か悩みを抱えながら。


 ・・・・・・・・・


 3日前の勝負のことが未だに頭から離れない。結羽歌の演奏には技術だけでなく、バンドやライブに対する意気込みの重みも感じられた。

 圧に推されそうなくらい、私も彼女の演奏に惹かれていたし、音琶達のベーシストには結羽歌が相応しい。そう思える演奏が繰り広げられていたと思う。


 それなのに......、


「気にしすぎ......なのかな......?」

「あんたにとってのバンドが誰のためのものなのか、しっかり考える機会になるかもしれないわね」

「琴実ちゃん......、それ多分答えになってないよぅ......」


 酔い気味の結羽歌が私の助けを求めてお店にやってきた。ここに来る前に自分の部屋で1人飲みでもしてたのかしらね。なんかこの調子だと3日前から毎日飲んでたんじゃないかって心配にもなってくるけど......、まあいいわよ、こうして来てくれたんだから、私も結羽歌の話を奥深くまで聞いてやるわよ。


「いくらでも話は聞いてあげるから、まずは何飲むかくらい言いなさいよね」

「そしたら......、ハイボールで......」

「......わかったわよ」


 結羽歌って本当に単純よね、注文するお酒の種類によってどんなことを抱えているか大体分かるんだから。

 度数が高ければ高いほど悩みの質が高いんだから、自ら『私は今、悩みに悩んで困ってます』って言ってるようなもんじゃない。今回はそこまで大きな悩みじゃないとは思うけど、炭酸水さえ抜いてしまえばハイボールなんて度数40%超えの魔薬よ、油断は出来ないわね。


「ま、あんたが何について悩んでるかくらいは薄々勘付いているけどね」

「うぅ......、琴実ちゃんは、本当に私のことよくわかってるよね......」

「長い付き合いなんだから、わかってるに決まってるじゃない。どうせこの前の勝負のことが引っかかってるんでしょ?」

「うん......」


 全く、贅沢な悩みよね。私なんてあれだけ頑張ってもバンドに入ることが叶わなかったのに......。たかが1人、私を選んだだけの話なのに......。

 はっきり言いたいけど、音琶と夏音の意思表示の方が説得力あるわよ。日高なんていつどのタイミングで音楽に触れているかも分からないじゃない。


 ハイボールを届けると、結羽歌は一瞬で半分まで飲み干してしまった。これは相当出来上がっているわね......、大方3日前からずっと1人で抱え続けていたんだろうけど、日高の彼女も音同に入るだとか何だとかって話にもなってるらしいのよね。LINEグループの流れからして例のバンドメンバーとして活動することになるみたいだけど......。

 結羽歌にとって良くないこと続きみたいだけど、結局は結羽歌自身がどう捉えるかの問題であって、物事を深刻に考えなければただの何気ない日常でしかない。


 複雑に考えすぎて状況をややこしくしているのは、結羽歌自身なのだ。


「日高が結羽歌に入れなかったこと、そんなに引き摺ってるの?」

「えっと、それは......」

「それとも、日高の彼女のことが気になる?」

「......」


 ハイボールが入ったグラスを片手に、結羽歌の動きが止まる。何て答えればいいのかわからなくなっている様子が窺える。

 触れてはいけない領域に達してなんかいないはずよ、私と結羽歌の関係がそんな薄っぺらいものだなんて私は思っていない。


「......引き摺ってるし、気になるよ。別に私は、日高君のために頑張ってるわけじゃないけど、それでもやっぱり、言いたいことが言えなかったことは後悔してる」

「......」

「でも、本当のこと言ったら、日高君にも、千弦ちゃんにも、嫌な想いさせることになる......。言いたいこと言えたら、本気で日高君のこと、諦められると思うけど......」


 ......そうよね。あんたは昔からずっとそう。

 あんた自身が思っている以上に頑固で面倒。自分の意思が固まっている癖になかなか行動に移せない。少しくらい我儘言ったっていいじゃない、あんた達はそれくらいのことで終わる関係なのかしらね? たかが本音を言うだけのことよ、日高だって結羽歌の気持ちに気づけてないんだからお互い様よ。


「......あんたの言いたいことはそれだけかしら? グラスが空になったから次何飲むかくらいは決めておきなさいよね」

「うん......。そしたら、同じので......」


 弱々しい手つきでグラスを差し出され、溶け気味の氷を全て新しいものに入れ替える。ウイスキーの原液と炭酸水を1:10の比率でグラスに注ぎ、マドラーで混ぜる。


「ほら、ハイボールよ」

「ありがと......」


 両手でグラスを掴み、今度はゆっくり飲む結羽歌。頬は紅くなっているし、ここに来る前にどれくらい飲んだかもわからない。

 抱えていることをどうやって吹っ切るかなんて、本人が考えない限り見つからない。私に出来ることは、申し訳程度の助言を与えるだけ......。


「結羽歌、もういっそのこと告白しなさい」

「......!」


 一瞬結羽歌の動きが止まる。恐る恐る私と目を合わせ、口を開く。


「やっぱり......、直接振られないと、ダメ......かな?」

「ダメよ。言いたいこと言わないで永遠に抱えるつもり? そうするくらいなら潔く振られた方がすっきりするわよ」

「振られる前提......」

「彼女居る男に告白なんて、100%振られるに決まってるじゃない。それとも何? あんたは振られるのが怖いの?」

「怖いってわけじゃなくて......、私が日高君に告白したら、バンドの仲とか関係とか、色々考えちゃうし......」

「たかが振った振られたの話で関係が悪くなるほど、あんた達って単純なのかしらね。私にはとてもそうは見えないけど」

「......」


 折角バンドの機会を得ることができた。でも、彼女持ちのメンバーに告白して振られたら、バンドの関係も悪くなるかもしれない。結羽歌はそう考えている。

 だけど、その程度のことで関係が悪くなるような間柄には見えないし、第一気持ちの切り替えが出来ない人にバンドを支える役目なんて相応しくない。それならまだ私がメンバーになった方が良い。


「ね、結羽歌。私に良い提案があるんだけど、乗ってくれるかしら?」

「えっ......?」

「あんたに告白の場を設けてあげるわよ。ゴールデンウィークという絶交の機会を使ってね」


 大切な人が傷つく所を見たいとは思わない。

 だけど、吹っ切ることも出来ないで、1人殻に閉じこもっている姿はもっと見たくない。


 誰だって生きてれば辛いことに直面するし、時に避けて通れないこともある。

 だから、せめて壊れてしまわないためにも、辛いことに向き合っていかないといけないのよ。


 逃げてばかりじゃ、何も生み出すことは出来ないんだから......。

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