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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第32章
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現在進行、誰が何を抱えているかについて

 日高のギター課題も見えたことでバッキングとリードの役目を決めることが出来た。更に、高い歌唱力を誇るクラスメイトがバンドメンバーとして入ってくれることになった。

 めでたしめでたし。



 というわけにもいかねえんだよな。


「......なんか、勢いで決まっちゃった感があるよね......」

「......まあな」


 会議が終わって部屋に戻り、音琶と共に夕食を取っていた。

 ミートソースのパスタをフォークでかき集めながら、物思いに耽るような表情をする音琶。スプーンの上でフォークを回し、形が整ったら口の中に放り込む。味わう度に幸せそうな顔はしていたが、本題に入ると深刻そうに現状を受け止めていることがわかった。


「ねえ夏音。この際だから聞いておくけど、結羽歌は日高君達と上手くやれてるの? 同じクラスならある程度のことはわかると思うけど。特に人の心が読める夏音なら尚更だよね?」

「人の心が読めるって......。俺は超能力者が何かか?」

「だっていつも私が何考えてるかわかるじゃん。ここまで誰かのこと分かれる人なんて夏音くらいしか居ないと思うけどな~」

「......勝手に話を盛られては困る」


 別にテレパシー的な何かで第三者の考えていることが分かるわけじゃねえよ。目の動きや表情である程度の感情を読み取っているだけだ。

 まあ、それが音琶からしたら超能力に見えるのかもしれないけどさ。


「とにかく! 結羽歌が授業中とかに、日高君と千弦に対してどう考えているか! 夏音なら何となくわかるんでしょ!?」

「無茶苦茶言ってくれるな......。まあ、わからないわけでもねえけど」

「じゃあ、どんな感じなのさ」

「率直に言うとだな......」


 陽キャな日高のことだし、陰キャ寄りの結羽歌のことを友人だとは思っているが、それ以上の関係になるつもりは無さそうだった。

 だが、結羽歌は日高に思いを寄せている時期があった。運の悪いことに日高が立川と付き合うタイミングが重なってしまい、それが結羽歌にとって大きな負担へと変貌する。

 軽音部を辞めた時にはストレスは上限に達していたのだろう。その場には居なかったが、琴実にまで当たってしまい、一度は自分の殻に閉じこもり、授業にまで行けなくなっていた。

 当の日高は、それらの出来事に自分が関わっていることに気づいていない。ましてや立川との関係を築き上げることに必死になっていたように見えた。まるで結羽歌のことなんてまるで気にしていないかのようにな。


 別にこの件については誰が悪いとかいう話にはならない。日高も結羽歌も、自分の気持ちに素直なだけで、何も悪いことはしていないし、責められる様なこともない。

 だからこそ複雑なのだ。告白すら出来なかった結羽歌、無意識に立川をバンドに入れた日高。擦れ違ってすらいない想いがより一層傷口を広げていた。


「はあ~......」


 簡単な説明を済ませた直後、音琶が長い溜息をついた。既に皿は空になっているし、食べ終えてしまった事に対する不満でも露わにしているのだろうか。

 それはともかく、両手を伸ばした反動でミニテーブルの上に乗った二つのたわわな果実が気になるのだが。シリアスな場面でもお前の大きな胸は健在のようだな。良い意味でも悪い意味でも空気を読まない逸材だ。


「......もう、またおっぱい見てる。えっち」

「見せてるんだろ、お前が」

「見せてないもん。夏音が勝手に見てるだけだもん」


 ミニテーブルに顔を乗せたまま、上目遣いで音琶が問いかける。こう言う場面でも胸の話が出来るのだから、まだ心に余裕が残っているのだろう。

 実際、結羽歌の問題に関しては結羽歌自身がどうにかするべきではある。無理に俺や音琶が介入する必要はないのかもしれないし、下手に干渉し過ぎると結羽歌にとって大きな負担になりかねない。

 かといって、全く何の対策もしないわけにはいかないし、せめて頭の片隅にでも事情を置いておく必要がある。


 バンドメンバーとしては、どちらの敵にも味方にもなるつもりはないが、活動に支障を来すようなことがないように行動していかないといけない。

 もし結羽歌に限界が来たとしても、何も言わずに居なくなることはないと信じている。バンドメンバーじゃないにしても、せめて琴実には事情を話すはずだ。


 面倒な状況に追い込まれたのは確かだが、俺に出来ることは状況の把握のみ。音琶との約束を果たすことを第一に行動することが何より大切なことなのだ。


 ならば、音琶にとって今後の最善になることは......、


「なあ音琶」

「何?」


 言葉には渋るが、これは音琶の現状を知っておくのに必要な行動だ。

 決して余計なお世話でも、無駄なことでもないはずだ。



「お前、1回だけでも病院行ってみたらどうだ?」



 せめてもの助言。

 バンドメンバーの心配をするのも大事なことだと思っている。なら、音琶の心配をしたって良いだろう。

 俺と音琶を原点にして、線へと繫いでいくメンバー、そして立体になっていく予定のバンドの形。なら、まずはメンバーが万全の状態で臨めるように事前準備をしておかないといけないだろう。


 音琶の病気は治らない。

 治らない病気なら、病気の進行を抑える方法なら残されているはずだ。


 ......俺は、少しでも長く音琶と居たいし、少しでも多く音琶とライブを共にしたい。

 だから、例え結末が最悪なものになったとしても、2人して叶えたいと誓った願いなら、どんな現実が待ち受けていようとも諦めたくない。

 あとは、音琶の決断次第だが......、


「......」


 ミニテーブルに乗せていた顔を上げ、黙り込む音琶。去年の夏休みから病院には行っていない身からしたら、自分の病状と向き合うのに抵抗があるに違いない。

 だけど、音琶の症状が少しでも良くなるのなら、少しでも長く生きれるのなら、病院に行くのも手だとは思う。


 二十歳までは生きられないのなら、時間はそんなに長くない。

 音琶は数十秒黙ったままだったが、ようやく意を決したようで......、



「私、二十歳を超えたいよ。今はまだ身体痛くないけど、いつ死んじゃうかわかんないから......。バンド、最高のバンドが出来ないまま終わっちゃうのは、嫌かな」



 無理に微笑みながら、音琶は続ける。


「病院......、夏音も、ついて行ってくれるよね......? ついてくれなかったら、絶対行かないけど、さ」

「ついて行くに決まってんだろ。お前と俺は一心同体なんだろ?」

「うん......。そうに決まってんじゃん......!」


 病院の話題を振った途端、音琶の身体が強張っていたが、俺が付いていれば乗り越えられるようだ。

 何よりも音琶は二十歳を超えたいと本心で言っていた。ならば、その気持ちを真っ直ぐに受け止めなければならない。


「怖いけど......、ううん、怖いから夏音に頼りまくるから! 覚悟してよね!」


 身体が僅かに震えていたが、音琶も覚悟を決めていたようだ。

 諦めたくない夢があるのなら、それまでの過程も大事にしないといけないのだ。


 せめて、音琶が悲しまないような結果が出ることを祈るばかりだ。

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