理性、保てるだろうか
あれからどれくらいの時間が経っただろうか。
意識が戻り、部屋を見渡す。
電気がついたままでカーテンが閉められていて、周りには空になった大量の酒瓶と深い眠りについている酔っ払い共。
時間を確認するともうすぐ3時半になろうとしている、もう6時間近く意識を失っていたということになるのか。
5月12日
今日という日を最悪の形で迎えてしまった。
別にこれといった大事な予定は授業以外にはないけども、こんな危険人物の部屋に泊まるわけにはいかないから自分の部屋に帰ることにする。
流石にあれだけ寝れば身体も少しは自由が効くものだと思ったけど、起き上がろうとした瞬間激しい頭痛に見舞われた。
「っっ!!」
思わず頭を抑え、痛みを抑えようとする。
焼酎なんて初めて飲んだ、というより無理矢理飲まされたけど、あれは駄目だ、下手すりゃ死んでたかもしれない。
そんなものを飲ませた兼斗先輩は何を考えてるんだろう、悪酔いとかそういう次元じゃない、あんなの普通に訴えたら勝てるんだけど。
酒に強いとか弱いとか以前の問題だ。
当の兼斗先輩はというと、一人自分のベッドで布団もかけずに大きな鼾をしながら寝ている。
人のこと冷たい床に寝かせておいて自分は暖かいベッドで優雅に寝てんのかよ、普通に頭来た。この人には慈悲ってものがないのだろうか。
さっきまで飲み会代とか全部奢ってくれたり、なんだかんだで俺のドラムを認めてくれたりだったりと、他の先輩とは違ってまだほんの少しはいい人だと思ってた自分をぶん殴りたい、結局こいつも浩矢先輩とかと同類だろ。
一応自分の貴重品がなくなってないか確認するけど、スマホも財布の中身も無事だった、カーテンを開けて外を確認すると少しずつ明るくなってきている。
授業は午後からだから部屋に戻ってもう一眠りしよう、疲れてこれは朝食を作る時間なんてないな、冷蔵庫に入れてる食材の賞味期限、いつまでだったっけ。
そう思うといてもたってもいられなくなる、身の安全を守るためにも早く戻らないと。
その前にこいつのことを忘れてはいけない、別にこのまま放っておいてもいいとは思ったけど音琶だけは起こしておくことにする。
俺が飲まされている時、身を挺して止めようとしてくれたんだし、そんな人をこのままにしておくのはなんか申し訳ない。
あくまでこれは俺の勝手で、音琶だから特別扱いしている、というわけではない。
当の音琶はテーブルからやや離れた位置にうつぶせになって寝ている。
こいつも相当飲んだんだろうか、少し大きめの寝息を立てているし。
兼斗先輩のことだから俺が意識を失っている間にも一波乱あったとしか思えないけど。
「......音琶起きろ」
屈みながら音琶に声を掛ける。
それにしても何て格好してんだこいつ、うつぶせの状態で布団も掛けていないし、それだけでも充分冷えるというのに奴の上着は大きくめくれ、下着が見えそうになっている。
冷たい床に直接生の腹が当たっている状態だからこのままにしておく訳にもいかない。
正直この状況は目の毒だ、いくら音琶とはいえ一人の女の子なんだし、顔だって可愛くないというわけではない。それに、胸だって大きい。
そんなやつが今、普段は見えない白くて綺麗な肌を晒しながら眠っているのだ、それを見て何も感じない訳がなく、次第に自分の顔が熱くなっていくのが感じられた。
俺も寝ていたとは言え身体の中のアルコールが完全に抜けたわけではない、人が酔ったら常識とかの感覚が麻痺するっていうのは本当なんだな。今まさにその状態だ。
「......!」
ほぼ無意識に右手が動く、このまま音琶が起きてしまったらチャンスはもう訪れないと悟っていた。
丸出しになっている背中にそっと指を触れさせる。食べた後すぐに寝たからだろう、想像以上の柔らかな感触が伝わっていき、心臓の鼓動はどんどん早くなっていく。
仰向けに寝られてたら大きな胸の形状がわかったり臍が見えていたかもしれないから、少し残念な気持ちもある。
上着の裾をもう少しだけ上げれば下着が見える。起こしてしまわないようにそっと裾を摘まみ、少しずつゆっくりと上げていき、もう少しで見えそうになったとき......、
「......あれ? 夏音?」
音琶が起きてしまった。
慌てて右手を元の位置に戻したけど、バレてしまっただろうか。
「起きたか、帰るぞ」
「えっと、私......」
「何があったかは後で聞く、それよりお前風邪引くぞ」
「うん......」
何とか理性を保ち、今度こそ帰ろうと立ち上がる。
玄関まで音琶に背中を向け、靴を履き終えたら扉を開ける。
「ねえ夏音」
後ろから音琶に呼ばれる。
「何だ」
「その......、見た?」
音琶も起き上がったときに自分の無防備な格好に気づいたんだろう、見たも何も見えてたんだけどな。
「見たって何をだよ」
自分のしたことを考えると正直に答えるのは抵抗があったし、何も見ていない振りをすることにした。
「そっか、ならいいんだ」
音琶はどこか安心したように返し、俺の後ろについてきた。
部屋に戻るまでの間、二人は終始無言だった。
疲れてるというのもあるし、音琶も色々考え込んでいるのだろう、俺も俺で自分のしたことを思い出すと音琶に話しかけ辛かった。
「その、色々大変だったけど、お疲れ」
部屋の前につき、音琶に声を掛ける。
音琶は今日の飲み会で何を思っただろうか、正直俺はこんな飲み会にはもう二度と参加したくない。
とは言え音琶との約束を守るためにバンドを組んでいる以上、ここで引き下がるわけにもいかない。
「お疲れ様、これからバンドの練習も入れていかないとだし、頑張っていこうね」
「ああ......」
今の言葉で少し救われたように感じたけど、あんなことが起きてしまった以上安心なんてできない、音琶の言う通りバンドの練習だってやっていかなければならないけど、どうも胸騒ぎがする。
この先何が起こるのかは誰にもわからないけど、良くない未来が待ち受けているとしか思えなかった。
様々なことに思考を巡らせ、俺は部屋に入る。外は少しずつ明るくなっていて、部屋に戻って安心したのか再び眠気に襲われる。
午後の授業が始まるまでには起きなければならないけど、目覚ましをかけても起きれる自信はなかった。
後から思ったけど、一旦部屋に戻った振りして音琶の帰る方向確かめてもよかったかな。




