結羽歌vs琴実、決着と勝者
2人の演奏が終わり、勝負の行方が決まる。
俺は結羽歌が相応しいと思っているが、音琶と日高はどうだろうか。
結羽歌と琴実の演奏の違い。それは、音楽に向き合う姿勢だった。正直どちらも上手くなっていたし、バンドという形で音を表現すれば更に上を目指せるだろう。
それでも、琴実には余裕がありすぎた。今日という日に備えて幾度となく練習をしていたのは充分に伝わった。耳で聴いた音をそのままの形で現すように、正確な音を一つ一つ取りこぼすことなく奏でていた。
だが、結局はそれだけだ。本人が気づいているかは知らないが、琴実の演奏には感情が無いのだ。
ベースを始めたばかりの頃の琴実は、初心者とは思えないくらい様々な技を身につけていた。一応先輩に見てもらったりしていたし、それなりに部室に足を運んでいたから、ベースという楽器の使い勝手は理解していたようだ。
......結局はその時がピークだったと言っても良い。それから確かに腕を上げてはいたが、段々と実力の上がり具合が落ち着いていき、サークルを辞めるまでにはほとんど変化が見られなくなっていた。
その間にも結羽歌が様々な技術を身につけていき、ただ音を合わせて弾くだけでなく、周りを見てどのように演奏すればいいか、曲の雰囲気にどうやって合わせていけばいいかを習得していった。
結羽歌のベースが『人間』の演奏なら、琴実のベースは『機械』の演奏でしかない。
俺が組みたいと思えるのは、感情の籠もった演奏をする人。音琶のギターに当てはまるような、人の心を揺さぶる......そんな演奏をする人なのだ。
......誰にも理解してもらえなかった過去を思い出したが、今は今、過去は過去だ。
どっちと組みたいか、答えはもう決まっている。
ひとまず、2人には機材を片付けてもらい、それから結果を伝えることになった。
プロでも何でもない、どこにでもいる(?)普通の(?)大学生がする些細な判定に過ぎないが、スタジオ内は謎の緊張感で満ちていた。
指を指して決めるのは何か嫌だから適当に3枚紙切れを用意して、2人の内どちらかの名前を書く、ということにしたが、どうやら音琶も日高も腹を決めたらしい。結羽歌と琴実も既にハケ終えたようだ。
「そしたら、同時に紙見せろよ」
俺は迷わず結羽歌の名前を書き、そのまま2人が見えるように紙を頭の上に掲げた。
・・・・・・・・・
「はぁ~。何となくダメかなーって思ってたのよね~」
「えっ......? そうなの......?」
「あんたの演奏見てれば、ね。明らかに目つきとやる気が違ったわよ」
「そ、そんな......」
スタジオを出て、それぞれの家路へと向かっている最中、思わず琴実が呟いた。
結局、勝負に勝ったのは、結羽歌だった。まあ、少なくとも音琶は結羽歌に入れると思ってたし、長く音楽に触れている人からしたら、そうなるわな。
自身の演奏を終え、後攻の結羽歌を見た琴実は、自分に足りないモノが何かを見つけられただろうか。勝算が無いことを悟っていたのなら、見つけられていたかもしれないな。
「にしても、私これからどうしようかしらね。幽霊部員無理矢理引っ張り出すしか手段無さそうだけど」
「それで上手くいけば、いいんだけど......ね」
「ま、無理よねそんなの。まずは個人練習極めて、それからどうするか考えることにするわよ」
そう言いながら琴実は角を曲がり、軽く手を振って自分の部屋へと帰っていった。
「琴実ちゃん......」
琴実が平静を装っていることくらい、気づいていた。そんな姿を結羽歌は心配しているみたいだ。
「......そんなに琴実が心配か?」
「う、うん。勝ったのは嬉しいけど、なんか複雑......」
去年の今頃なんて泣きそうな顔で琴実には負けないだの何だのって言ってた癖に、勝った瞬間負けた奴のことを心配するのかよ。これだから女ってわからねえ。
「他人の心配する前に、まずはバンド組んでからのことを考えろ。まだ何も始まってねえんだからよ」
「う、うん......」
まあ、結羽歌が気にしていることはもう一つあるだろうけどな。
「大丈夫だよ結羽歌! 琴実だって結羽歌のこと応援してる。だから、これから頑張っていこー!」
音琶が励ますようなことを言ったが、お前だって切羽詰まってるだろ。あまり人のこと気遣う余裕なんてないはずだ。
もうすぐ5月になる。焦りは禁物だが、油断だって出来ない。音琶とあと何回音を合わせられるかもわからないが、できる限りのことは最後までやり遂げたい。
「そ、そうだね......! これから私、頑張るよ!」
結羽歌の声のトーンからして、やはり例のことを気にしているようだ。
俺のすぐ後ろを歩いて2人のやり取りを眺めている奴......。
日高奏は、池田結羽歌ではなく、高島琴実のベースを選んでいたのだった。




