結羽歌vs琴実、勝負の行方は......
僅か数秒のフレーズ......。
転調の瞬間が頭にこびり付いて離れないくらい、私の指は止まることを知らなかった。
単音弾きから親指を移動させて、勢いよく弦を弾く。
脳内はパンクしそうだし、手の感覚が麻痺してもおかしくない。それでも私は、叶えたい願いのために弾き続ける。
失敗のリスクは決して低くない。だけど、簡約化することなく、恐れることなく難しい演奏に立ち向かう。
「......っ!!」
走馬燈のように時間が遅く感じる。
そのお陰で、どうやったら良い音が出るか、一瞬だけでも考える事が出来た。
指の動き......親指の活用法......転調の切り替え方法......。
行ける。コンマ1秒の世界を、私は捉えた。
身体のリミッターを解除するように、与えられた譜面をそのままの形で音に変換していく。
親指を一旦下げ、即座にアップダウンを実行する。綺麗な音が響き渡り、本当に自分が出した音なのか疑いたくもなるけど、アンプから聞こえてくる音は、紛れもなく自分の音だということを認めさせてくれる。
「......!」
そして最後の親指は、私が理想としていた音を掻き鳴らし、次のフレーズへと繫いでいった。
あとは単音弾きがほとんどで、得意分野が続いていく。
1番の課題としていた場所が最高の形で仕上がったから、演奏終了まで惑うことなく弾き続けることが出来た。
やがてアンプから音が聞こえなくなり、数秒の間だけスタジオ内では沈黙が続いていた。
最後に聞こえたのは、私自身の僅かな息遣いと、ギリギリまで鳴り響いていたベースの残響だった。
***
2人のベーシストの闘いが幕を閉じた。
後はどっちをバンドメンバーとして迎えるかだが......。
技術を振った琴実と、総合力を振った結羽歌。
どちらを選ぶか、正直悩ましい。それなりに難しい曲を選んでくれたのが原因でもあるけど、2人とも成長が著しいので、メンバーに迎えるにはもう少し時間が欲しかったりもする。
「......終わったわね」
結羽歌が弾き終え、アンプから音が聞こえなくなってから琴実が言葉を発した。
「......っ」
結羽歌は息を切らしている。それほど自分の力を出し切ったってことだろう。実際、過去に見た演奏以上のものを見せつけてくれた。
この状態だと、共にバンドを組んだとしても苦戦することなくやっていけるはずだ。勿論、琴実の実力でも言える話である。
だけど、結羽歌と琴実では、一つだけ大きな差があると確信してしまった。
決して実力では測れない、どんな演奏でも立ち向かおうとするその姿......。
琴実には無くて、結羽歌にあるモノ。今回の演奏で明確になっているものが、はっきりと現れていたのである。




