結羽歌vs琴実、始まる前の緊張感
4月25日
土曜日だけど、バイトはお休み。スタジオを借りて、ついに私は琴実ちゃんと勝負をするんだ......!
「全員集まったみたいね。そしたら行くわよ!」
駅前で集合して、目的地へ向かう。琴実ちゃん、音琶ちゃん、夏音君、そして日高君......。私を含めた5人がスタジオ内で今後のバンドについて話し合う。そこで、私と琴実ちゃんのどっちがバンドメンバーに相応しいか、演奏で勝負して、正式に一つのバンドが出来上がる。
「結羽歌、酔いは覚めたかしら?」
「琴実ちゃんこそ、アルコール抜けきってなくて、演奏に集中出来ないんじゃない?」
「何言ってんのよ。私がそんな間抜けなことするわけないじゃない」
「だったら、琴実ちゃんも私と同じだよ」
意気込みは充分、バンドを組むに当たって足りない部分を探していったつもりだ。音同に入る前も、入ってからも、ベースに触り続けた。弦で指を切って、痛い想いもした。何度も弦を買い換えた。......自分でも分かるくらい、上手くなれた。
これからどんな日々が待っているのかもわからないけど、軽音部の時のようにはならない。甘えているわけじゃないけど、自分が求めていた音楽がすぐ目の前に迫っているって実感できる。
「随分と余裕そうね。ま、あんたの実力なら、凡ミスの心配もないわよね」
「大丈夫......! 琴実ちゃんの演奏だって、他の誰よりも近くで見ていたんだから、どうすれば勝てるか、わかるから......!」
「そ。結羽歌がどんな弾き方で挑んでくるか、楽しみにしてるわね」
予約の時間は17時、ついに私にとっての大きな一歩が幕を開けようとしていた。
・・・・・・・・・
場所は駅前のモールに位置する楽器屋、Strings内のスタジオを借りることになっている。元々売っている楽器の種類が多いことで有名だけど、スタジオまで揃えているなんて、私からしたら理想の場所かな?
本来ならXYLOのスタジオを使いたかったけど、土曜日だからライブで貸し切り状態だし、大抵のライブハウスは土日にスタジオを借りるのは困難なんだよね......。ましてや鳴成市のような大都市ともなると尚更かな。
オーナーにも今回の件は話しているけど、私達がライブハウスの企画に呼ばれるのはまだまだ先のような気もするな......。
「着いたわね」
「うん......」
私と琴実ちゃんでカウンターに向かい、予約の確認をしてもらう。名前を確認して、簡単な説明を受けたら奥の部屋まで案内された。
「にしても、相変わらず豊富な品揃えね」
「楽器買うならもうここしか考えられないかな......?」
私達5人は店員さんに誘導され、薄暗い部屋の中へと入っていった。
「ここのスタジオ、初めて入ったけどXYLOに負けず劣らずって感じだね!」
扉を閉め、完全にスタジオの空気が流れ出した。今音琶ちゃんが言ったとおり、このスタジオもかなり良い機材が揃えられていた。XYLOよりは狭いし、5人も居たら少し窮屈に思えるかもしれないけど、その分良い音が出せそうだし、チューニングだって上手くいきそうかな。
「アンプが少し古いようにも見えるけど、まあそこは気にしなくて良いか」
夏音君は少し不満そうに言っているけど、細かい夏音君のことだから、私が心配するような話ではない......かな?
でもやっぱり、アンプについてはもう少し勉強しないとダメな気もするし......。
「スタジオってこんな感じなんだな。ミラーボールとか置いてるもんだとてっきり......」
「お前にとってのスタジオってどんなイメージなんだよ......」
夏音君の横で、日高君が室内をキョロキョロしていて、いかにも初心者って感じになっていた。多分だけど、日高君がこう言う所に来るのって、初めてだよね? ギターもほとんど触ったことないはずだし、音楽の知識だって、5人の中で1番低い。
でも、夏音君や音琶ちゃんが居てくれればすぐに慣れると思うし、私も何か出来ることがあったら、精一杯日高君を支えるつもり......。
「結羽歌、早く取りかかるわよ。一応長めに時間は取ってるけど、私とあんたの感じだと準備だけで30分以上はかかるんだし」
「あ......、うん......!」
琴実ちゃんに呼ばれ、まず最初に琴実ちゃんからベースをアンプに繋げていた。エフェクターも用意して......って、あれ......?
「琴実ちゃん......、そのベース......」
琴実ちゃんの手には、いつも持っていたPhotoGenicではなく、まだ傷の少ないBacchusのベースが出されていた。
黒一色のボディが魅力的に見える。琴実ちゃんなりに色々考えて、新しいベースで私に挑もうってことなのかな......?
「新しく買ったわよ。だいぶお金も貯まってたし、前のより少し高めのが欲しかったのよね」
「す、すごい......」
「結羽歌は今まで通りなのね。だいぶ傷んできてるようにみえるけど......」
「ううん。これでも全然良い音出るし、まだまだ使えるし、何よりも、私の最初の楽器だから......」
「そう。結羽歌らしいやり方ね」
そう言いながら次々と機材を取り出し、アンプの電源をつける琴実ちゃん。何度か音を鳴らし、ああでもないこうでもないと小さく呟きながらチューニングしていく。
「琴実ちゃん......」
絶対に負けたくない。折角のチャンスを無駄にはしたくない。琴実ちゃんの目が、私にむけて訴えかけていた。
「出来たわよ。3人とも、しっかり見てなさいよね」
やがてチューニングが終わり、琴実ちゃんが演奏を見せつける時がやってきた。
どんな弾き方をするのかな、どんな顔で向き合うのかな。そう思いながら、私は密度の濃い数分間を覚悟していた。




