義母、音琶は知らない
義理の母......ということは、和琶とは血縁関係に当たるってことだな。音琶の実の母親は、音琶を産んで間もなく死んだって聞いた。
つまり、この人は日本を代表するバンドマンの嫁なのだ。いや、正確に言うと元嫁......だろうか。
「和琶ともサークル絡みで仲良くしてたけど、あいつ最期まで私が母親だって気づかなかったのよね。まあ無理もないか」
「......なんでその話を俺にするんですか」
「それはもう、夏音が和琶にしか見えないからだよ」
「......」
音琶と同じようなこと言いやがって。まあ、自分が産んだ子供に瓜二つの奴が現れたら、特別な感情が湧かなくもないか。
面接の時から何かがおかしいとは思っていたが、どうやら謎が解けたみたいだ。雇ってる奴の彼氏だから、音楽の経験が深いから、という理由で履歴書を提出すれば採用、なんてどう考えたって変だしな。
俺や音琶に対してもどこか甘かったし、内に秘めた感情のせいで特別扱いしていた、ということか。
「音琶は......、音琶は、知ってるんですか?」
「......知らないよ」
「だったら、俺よりも先に音琶に言うべきだったんじゃないですか?」
「音琶には......、話せないよ」
「何でですか......!?」
だが、これ以上オーナーは話そうとしなかった。きっとこの先に重大な話が隠されていることは確かだ。だが、音琶が兄の命日まで秘密を引き延ばしたように、オーナーにもオーナーなりの事情がある。
わざわざ音琶ではなく、俺に話したということ。本当に、俺が和琶に似ているからと言う理由で打ち明けたことなのだろうか。もっと他に......、もっと大きな何かがあるのではないだろうか。
渋るオーナーを見ていれば、そう思ってしまわなくもない。
「......みんな待ってるから。一応打ち上げの幹事は私だからさ」
「......逃げるんですか?」
「今は、ね。音琶だって、ちゃんとライブ出来るまで生きられるかわからないんだし、これ以上あのこの負担になるような話は出来ない」
背を向けながら、打ち上げ会場へ戻っていくオーナー。中途半端な所まで話しておきながら、本題に触れないギリギリのラインで止めるだなんて、自分勝手すぎるだろ。
だけどまあ、『あいつら』とよく似た対応だし、大人って生き物のずるいところが改めて分かったからいいけどさ。
オーナーも、話し相手が俺で良かったな。周りが良く見えているから。
「でもね、これだけは言えるよ」
「......まだ何かあるんですか?」
苛立ちを抑えながらも、音琶の義理の母親に聞き返す。
「音琶を泣かせたりするんじゃないよ」
まるで、自分では守ることの出来なかった娘を、俺に託している......。
そんな風に聞こえた。
「きっと、音琶を心から喜ばせる事が出来るのは、あんただけだから」
音琶はおろか、実の息子である和琶でさえ、オーナーの正体を知らなかった。
何も知らない音琶は、自分の命が懸かっているというのに、辛いことを忘れようと無邪気に笑顔を振りまいている。
そんな音琶に、義理の母親がバイト先のライブハウスでオーナーをしている、と話したら、一体どんなことを思うのだろうか。
そもそも音琶は、真実を知って素直に喜ぶ事が出来るのだろうか。精神的に追い詰められて、倒れたりしないだろうか。
様々な憶測が飛び交い、何をすれば正解になるのか分からなくなる。
「夏音が寄り添ってくれたら......、音琶はきっと、もう少しだけ長く生きれると思うよ」
「......」
頷けなかった。どいつもこいつも根拠の無いことばかり言いやがって。
確かに俺には使命があるし、約束だって果たさなければいけない。だが、次々と大切な人が抱える背景を知ってしまっては、俺だって正気では居られない。
先にオーナーは打ち上げ会場に戻ったが、俺は暫く動けなかった。
音琶の真実は、あれで全てだと思っていたし、残酷な運命を背負った音琶を守り抜いて、最高のバンドを組もう、そう決めていた。
だけど、まだ話は終わってなんかいなかった。いや、真実を知ってからが始まりだったのかもしれないな。
「......ざけんなよ」
音琶に対する感情に変化はない。だが、今の話は音琶も知らないといけない話だ。
どのタイミングで話す......? バンドを組んでからか? それとも最高のバンドが完成してからか? そもそも最高のバンドってどんなバンドだ?
ダメだ、頭がまわらねえ。あんな話を聞かされて、冷静で居られるかっての。
「結局は、音同入っても、一筋縄ではいかないってか」
全ては謎の少女と出会ったのが原因だ。少女の正体が鮮明になるにつれ、信じたくもない真実を知ることになっていった。
「早く......、戻らないとな」
足が震えている。だけど、音琶に気づかれないよう、何食わぬ顔で席に戻ると決めた。




