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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第30章
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12月25日、全てが繋がる


「お父さんが仕事で忙しくて全然家に居なかったから、和兄はほとんど1人で家事も、私のお世話もしてくれたんだよ」


 写真と自分を見比べ、少しでも違う部分がないか探してみる。その最中、音琶が兄との思い出話をしていた。


「私が身体弱いって話、夏音はどこまで信じてる?」


 不意に、音琶は聞いてくる。未だに頭が回ってないというのに質問だなんて、音琶も結構図々しい所あるよな。まあ、俺にも音琶に聞いておきたい大事な話があるのだが。


「それは......、いつも元気な音琶のことだ、さっき飲んでた薬があればある程度は大丈夫なんだろ?」

「......そっか、夏音はそう思ってくれてるんだね」

「......」


 答え合わせにはなっていのないのだろう。音琶の表情が晴れる様子は感じられなかった。


「私......、小学校も中学校もまともに通えてなくて、入院と退院を繰り返してたんだ」

「......!」

「だからね、どうして私は普通の人と違うんだろうって、ずっと不思議に思っていた。クラスの人達にはお父さんもお母さんも居るし、毎日当たり前のように学校に通って勉強も出来てた。なのに、なんで私だけってね」


 突然何を言い出すんだよこいつは。本当にこいつは、そんな過去を持っていたのか......?


「お父さんは、私のために......、少しでも私が当たり前の生き方が出来るようにって言って、私が6歳の時に家を出て、仕事に一層励むようになったんだ」

「それは......、決してお前に愛想尽かしたってわけじゃないよな?」

「お父さんがそんな風に私の事を思うわけないよ。勿論連絡だって取り合ってたし......。それに、LoMがあそこまでの大人気バンドになったのは、私がこんな身体で生まれてきたせいなんだもん」


 どこか遠い目をしながら語る音琶。だけど、これも彼女の精一杯なのだ。吐いても尚、話さなければいけなかったこと......。

 きっと今も、逃げ出したくて仕方が無いに違いない。だけど、音琶は頑張っている。しっかり最後まで聞いてあげないとな。


「ホントだったら......、お父さんが失敗しなかったら、私は生まれてこなかった。私だって、自分なんか生まれてこなければ良かったって、病院のベッドの上で何回も思ってたんだ。でも、いつの間にか有名人になって、テレビの奥で頑張っているお父さんを見ていく内に、私も頑張らなきゃって思った」


 もしかしたら、音琶は俺が12年前に見たLoMの演奏を見ていたのかもしれないな。同じ時間で、同じようなことを思いながら......。


「学校にはほとんど行けなかったけど、いつか必ず幸せが待ってるって信じてたから、諦めないでいっぱい勉強した。和兄も毎日お見舞いに来てくれて、色んな話を聞いた。高校受験だってした。バイトもした、ギターも始めた、大学受験するために、高卒認定試験だって受けた。色んなことに挑戦して、挫折もして、それでも私は頑張った。辛くて、苦しくて、大変なことばかりだったけど、ずっと希望を信じてた」

「音琶......」

「今度いつ、また入院生活になるのかもわかんないけど、でも、私は私のやりたいことをしたいから......、いつの間にか楽しいことばかり考えるようになってたんだ」

「......」


 俺は今まで、大きな勘違いをしていたって言うのか。

 俺が今まで見てきた、上川音琶という少女は、一体何だったのだろうか。


 少なくとも、音琶が今まで過ごしていた人生はどん底と言っても過言ではない。父親の浮気相手から生まれ、身体が弱いせいで小学校と中学校はまともに通えていない。満を持して高校進学は出来たものの、いじめに遭い中退。引き籠もり生活を余儀なくされた後、兄のギターに興味を持ち、バイトを始めるも、その兄は事故で死んだ。


 それなのに、音琶はまだ希望を信じているっていうのだろうか。

 もう、とっくに世界に絶望していてもおかしくねえよ。


「和兄が居なくなってからは抜け殻みたいになってたけど......、それでも私は希望に出会うことが出来たんだよ」

「何だよ、それって」

「私、大学に受かって、和兄の真相が分かったら、何の後悔も無く終われるって、思ってた。どうしても知りたいことが知れたら、満足出来るって思ってたから」

「......」


 後悔も無く終われるってことは......、死のうとしてたってことなのか......!?


「大学受験も本当に大変で......、そもそも鳴大受けるってことがどれだけ無謀なことなのか、自分でも分かってた。だけど、私は頑張ったから、合格出来たんだ」


 兄を亡くし、ずっとこの部屋で勉強していたってか。音琶が頑固な理由が何となく分かってきた気がする。


「そして、あと1ヶ月で入学って時、久しぶりにお父さんから連絡があったんだ。『緑宴市でライブするから来い』って」

「......!」


 ......そうか、ここで全てが繋がるってか。俺と音琶の最初の出会いに。


「ライブが始まる前、ちょっと街の方を見てみようって思ったら、高校の卒業ライブの看板を見かけたんだ。もしかしたら、私もライブハウスの舞台に立ってたのかもしれないって思ったら、止まらなかった」

「そこには......、死んだはずの兄そっくりの奴が、居たんだな?」

「......うん。だから、私は夏音に話しかけた。希望に出会えたって、思ったから」

「......そうか」


 異質な出会いだった。目の前の少女は何が目的で動いているのか、何がしたくて俺を巻き込んでいるのか、全く分からなかった。

 だけど、今の話を聞けば音琶が今まで何を考えて俺と接していたのかが分かる。


「このまま、幸せになれないまま、私は死んじゃうのかなって思ってた。だから、夏音は私の希望の光なんだよ」

「......」

「和兄のことを知るために大学入ったはずなのに、夏音に出会ってからは、夏音と最高のバンドを組みたい、本気でギターを楽しみたい。そう思うようになれたんだ」


 兄の真相を知ったら全て終わるはずだった少女。だけど今は、真相を知った後でもしっかりとした目標があって、それを果たすために奔走している。

 俺の事なんてどうでも良かったのか、なんて聞こうと思ったが、そんなことするまでもないな。


「......そういうことか」

「えっ?」

「お前の本当に叶えたかったことは、俺と出会えたから見つけることができたんだな」

「う、うん。そうだよ」


 声のトーンが少し低くなったせいか、音琶を戸惑わせてしまった。次に言う言葉は少し恥ずかしいものだが、俺だって音琶と共に叶えたい願いがある。

 その願いは......、



「俺も、音琶と一緒に最高のバンドをしたい。本気で音楽に向き合って、お前の願いを叶えたい」



 音琶の前で幾度となく恥ずかしい台詞を発してきたが、今のが何よりも一番恥ずかしいな。


「焦らなくたっていい、少しずつでもいい、叶えたいことには全力で向き合う。だから......」


 だから、何だ。もうこれ以上言葉が出てこねえ。



「ちょ、ちょっと待って!」



 言葉を探していたその時、音琶に遮られる。まだ何かあったってか......?


「まだ......、まだ、私の話、終わってないよ......?」


 気のせいだろうか、音琶の口調に緊張感が戻ってきたように聞こえたのは。

 もうこれ以上話すことは無いと思っていたが......、まだあるとしたら一体何だ?


「『幸せになれないまま、死んじゃうのかな』って、私が言ったの、覚えてる......よね?」

「ついさっきの言葉なんだし忘れてるわけねえだろ」

「そっか......」


 一体何を言い出そうってんだ?

 そう思いかけて......、いやまさか......!


 何か言わないと、そう思った。今にも震えそうな身体をどうにかするべく、一瞬にして言葉を考え、口を開こうとしたが、遅かった。






「私ね、もうそんなに長くないんだよ」






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