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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第30章
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12/25、明らかになる真実

 意を決した音琶。兄が眠っている場所で自分の話をするのは、心の負荷が掛かって仕方が無いだろう。

 だけど、音琶は必死に口を開いて、途切れそうな声を振り絞っている。

 緊張しているのは俺だって一緒だ。だけど、音琶の負担を考えると、俺の悩みなんて大したことないのかもしれないな。


「あのね、私はね......」


 ***


 上川音琶、16歳の12月25日


 その日、和兄はサークルのクリスマス会で帰りが遅くなるって言っていた。

 折角のクリスマスだから、帰ってくるまで待ってようと思っていた。学校に通っていない私からしたら、夜更かしなんて得意教科だし、日付が変わったとしてもちょっとくらいクリスマス気分を2人で味わっても良いよね? そう思っていた。


 実は、私と和兄は、それぞれ違うお母さんから生まれている。

 お父さんは今まで2人の女性と身体を重ねていた。1人目とは和兄を産んで2年間、普通の生活を送れていたという。

 だけど、その2年が過ぎて間もなく、お父さんは浮気をした。原因は分からないけど、2人の間で大きなすれ違いがあったという話だけは聞いた。


 その浮気相手から生まれたのが私、上川音琶なのである。


 不運は重なり、2人目は私を産んで間もなく死亡、妊娠期間は充分だったらしいけど、私も未熟児として生まれてしまった。

 そのせいで、お母さんの家族はお父さんを激しく責めた。裁判沙汰にはならなかったみたいだけど、今後一切近寄るなって。

 だから、このお墓にお母さんは居ないんだよ。


 その後の詳しい話は......、一旦後回しにしてもいいかな? あんまり実感沸かないし、話すのが怖いってのもある。

 話もズレちゃったし、まずは和兄の話からだよね。




 日付が変わって、テレビでも観ながら和兄の帰りを待っていたんだけど、一向に連絡来ないし、いくら冬休みだからって、気を抜きすぎじゃない? なんて思っていた。

 その時はまだ、サークルの実態なんて知らなかったし、和兄も上手くやっているのかな、なんて思っていた。確かに疲れた顔はしていたけど、まさかあんなことになるなんて思ってもいなかったし、あまりにも呑気だったな、なんて今でも感じている。


 結局、和兄が帰ってくる前に、私は眠りに落ちてしまっていた。


 ***


 そして現在



「なあ、結論の前に、いくつか聞いておきたいことがあるのだが......」

「うん、何でも聞いて」

「その、お前の兄貴は、軽音部に入っていたってことでいいのか?」


 音琶の生い立ちまでは把握出来たが、兄の話と一体何の関係があるのだろうか。それに、まだ音琶は自分の兄がどこのサークルに入っていたのかを言っていない。

 だが恐らく、音琶は自分の母親の顔を知らないのだろう。父親の浮気相手から生まれた子供......、本当なら、人間というのは母親の愛があってこそ育つ生き物だろう。

 それを無くして育つということがどれほど辛いことなのか、俺にはよく分かる。今や日本を揺るがすバンドマンにも、このような過去があったということだが、あの人があそこまで成り上がったのはこのような出来事が発端だったのかもしれないな。


「うん......、そうだよ」


 そして、音琶は迷うことなく俺の質問に答える。真っ直ぐに目を合わせ、1秒たりとも逸らそうとしない。


「......だよな」


 2週間程前の留魅先輩の言葉も思い出す。あの人が言っていた、過去に死んだ部員というのは、音琶の兄で間違い無さそうだ。

 あいつらが飲ませて殺した、みたいな感じに話しては居たが、実際そうではないのだろう。そこは音琶の話を最後まで聞かないと判断出来ない所だな。


「それと、お前はその時何をしていたんだ?」


 不登校で高校を中退した、という話は学祭に来てた変な奴らが言っていた。だが、直接音琶から真実を聞いたわけではない。

 俺だって、音琶の暗い過去話を聞くのは怖い。あの時は現実逃避をしていたし、ただの出任せであることを願っていた。だから音琶には聞いてなかった。

 だけど、音琶が全てを話すというのなら、俺だって知りたいことを聞かなければならないと思う。


「その時......?」

「ああ、3年前ってことは、高1だったんだろ? 兄貴の帰りを待つほど夜更かしするなんて、高校生のやることじゃないって思わなくもないな」

「あはは......。そうだよね、夏音には、高校の時の話、はぐらかしたままだったもんね......」


 言葉では笑っていても、声が笑っていない。相当辛いことを思い出させてしまっただろう、だけどそれを知るために、今日という日があるはずだ。


「もう、この時には中退してたよ。学校辞めてからはずっと引き籠もってゲームばっかりしてたんだけど、ある日和兄のギターに興味持ち始めて、それからXYLOでバイト始めたんだ」

「......!」


 音琶のバイトの経歴、どこに住んでいるのか、ギターを始めたきっかけ。今まで分からなかったことが繋がっていく......。


「初めてのバイトだったし、ライブのことなんて全然知らなかった。でも、和兄が優しく教えてくれて......、オーナーも親切だったから、学校と違って馴染めたんだ。私にも居場所があるんだって思って、嬉しかった。色んなライブみていく内に、私も早くギター上手くなって、いつか和兄と一緒にバンド組もうって、思うようになった」

「......」

「高校生活上手くいかなかったけど、大学を目指せば一緒にバンドが組める。和兄にも、いつか一緒にバンド組みたいって、言ったんだ。和兄が助けてくれなかったら、私の人生何も無いまま終わってたかもしれないから......」

「そうだったのか......」


 だが、その兄はもう居ない。音琶がギターを弾くきっかけになった人は、音琶が舞台に立ってギターを掻き鳴らしている姿を見ることが出来なかった。

 上手く行かなかった学生生活でも、大学を経て兄と共に幸せなキャンパスライフを送れることを信じていたのだろう。


「でも......、和兄はある日突然死んじゃったんだ。トラックに轢かれて、そのまま......。それが、3年前の今日......」

「音琶......」

「凄い量のアルコールが検出されたって、警察の人は言ってた。普段は全然お酒飲まない人だったのに......」


 音琶の瞳にはみるみる内に大粒の涙が溜まり、やがて溢れ出す。3年経っても、大切な人を失った悲しみは消えない。消えることはない。


「結局、酔って車道に飛び出して、そのまま交通事故ってことで片付けられたんだ......。でも、私は納得いかない。和兄がそんな死に方するなんて、何かの間違いだって」

「......」


 今すぐに、泣きじゃくる少女を抱きしめてやりたかった。だけど、俺も、どうしてか身体が動いてくれない。

 怖いんだよ、今まで何も悩みなんてないと思っていた、天真爛漫な少女から出てくる言葉の数々が、怖い。


 守ると決めた。その約束を破るつもりなんて毛頭無い。だけど、全身が麻痺したように頭が働かなくて、指一本動かせない。



「だから私ね、あの時は、和兄の真相を知ることしか、考えていなかったんだ」



 最後の言葉には、どのような意味が込められているのか。それを考える余裕すら、無くしていた。

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