初対面、12月25日の出会い
音琶は運転手に住所しか伝えてなかった。普通なら場所の名前を言うはずだが、目的地に着くまでは頑なにどこなのかを知られたくないようだな。
まあ、本来ならタクシーで行く予定ではなかったし、てっきり歩いて行くようなものだと思っていたが、住所の感じだとそれなりに距離はありそうだ。
「おい、大丈夫か?」
「うん、だいぶ落ち着いたよ」
「苦しくなったらすぐに言えよ」
僅かではあるが、手が震えている。サークルを辞めても尚、音琶の追い詰められた表情を見ることになるとは思わなかったが、今回が最後だと思いたい。
いつもの元気で可愛い笑顔を、これからもずっと俺に見せ続けて欲しい。
10分弱経過して、タクシーは止まる。どうやら目的地に辿り着いたようだ。
「お金は、全部私が払うから。いつも美味しいご飯作ってくれるせめてものお礼だよ」
「......わかった。そうさせてもらう」
往復で3000円するかしないかって所だな。音琶からしたらそこまで大きな損失ではないのかもしれない。
だが、そんな考えも一瞬にして消えてしまう。
クリスマス当日ということもあって街は賑わい、降り積もる雪も今日だけは綺麗に見える、そんな日。
そんな日に、俺と音琶が辿り着いた場所。それは、墓地だった。
・・・・・・・・・
街灯はほとんどなく、薄暗さと肌寒さが相まって奇妙な空気が流れている。懐中電灯で周りを照らし、奥へ奥へと進んでいく。
まさかここまで来て肝試しを装ったドッキリだったなんて言わないよな? いやまあ、ついさっきの音琶を見ていれば、あれを演技とは到底思えないけどな。
もし今日が休日だったら、昼の間にでも行っていたのだろうか。平日の夜になって、どうしても行かなければいけないというのなら、誰かの命日ってことになるだろうけども、一体誰なのだろうか。
それ以前に、あの元気な音琶がこんな場所に俺を連れて行く、ということが未だに現実で起こっていると思えない。今までずっと隠し続けていたことがストレスになって、出発の直前に吐いたって言うのなら、想像以上に辛い事実が発覚しそうで恐ろしい。
「......着いたよ」
震え気味の声で俺に告げ、立ち止まった音琶は墓石に積もっていた雪を払い、手に持っていた白い箱を取り出した。ミニテーブルの上に置かれていたのは供え物だったってか。
「ごめんね、いつもお花上げられなくて」
雪が積もっているからだろう、花の代わりに少し豪華な供え物を向け、墓石の手前に置く。手を合わせ、目を閉じる音琶の後ろで、俺もそれに合わせる。
「ほら、夏音も手を合わせて」
「あ、ああ......」
暗くてよく見えないが、懐中電灯が墓石を照らし、そこに刻まれた文字がはっきりとする。
上川家之墓、そう書かれていた。
「......初めまして、だよね。夏音は」
「ああ......、そうだな」
「今まで黙っていたけど、何が何でも今日、言わないといけなかったから......」
緊張の解れない口調が続くが、何度も力を振り絞って続きを話そうとしている。
「ここに居るのはね、私のお兄ちゃんなんだ」
大きな間を置いて、音琶は語る。
「3年前の今日、突然いなくなって、それからはずっと......、毎年ここに来ているんだけど、夏音も一緒にって思った。ここじゃないと、私の今までのことも、これからのことも、話せない気がして......。だから、今までずっと隠し続けていたけど......! 今日、全部私の秘密、夏音に教えるから......!」
話せば話すほど、音琶の声は掠れていき、やがて一筋の涙が頬を伝う。
一体どんな話をするのか、音琶の家族が眠っている場所に着いても未だに線が繋がらないが、しっかり全部聞いて、全部受け止めたい。
12月25日になれば、今まで隠していたこと、言えなかったことを全て伝える。音琶はそう俺に告げた。身体が震えても、吐いても、それでも尚、現実と向き合って、俺に秘密を打ち明けようとしている。
俺だって今、逃げ出したくて仕方が無い。心臓の鼓動は早くなっていくし、どんな真実が待っているのかも分からない未知の世界に迷い込んでいるのだから。
だけど、ずっと抱え続けていたであろう音琶のことを思うと、逃げ出すなんて有り得ない。ちゃんと全部話を聞いて、音琶と共に向き合っていけるのなら、音琶をもう一度笑顔にすることが出来るのなら、どんな残酷な真実だって乗り越えていきたい。
「わかった......。全部、話してくれ」
意を決して、音琶に了承する。
大丈夫だ、俺ならきっと、音琶を守り抜くことが出来る。何度も約束した、今更反故になんかしない。
音楽が俺から全てを奪った、音琶のせいで音楽を嫌いになりかけた。なんて思ったこともあったが、俺には守るべきものがある。
「うん......。頑張って、全部話すね」
音琶の過去や、俺に対して取った様々な行動の裏側......。それは、音琶と出会ってからずっと知りたかったことだ。
今更真実に怯える必要なんかない。




