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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第29章
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退会、戸惑いと決意と新たな冒険の始まり

 12月12日


 金曜日、本来なら部会がある日。

 先週までの俺なら、嫌と言うほどに見慣れてしまった部室に足を運び、中身の無い話を無理矢理聞かされていた。

 だが、そんな日々はもう終わりを告げている。部長がまともにサークルに行ける状態かは知らないが、どうせあいつらのことだから部員がどんな目に遭ったとしても関係無く進んでいくのだろう。


 まあ、俺が辞めた所で同じ学年の奴らから心配のLINEが来たことはなかったけどな。別に構って欲しいわけではないけど、せめて同じバンド組んだりPAのヘルプに入ってあげた奴からは何かしらの声くらいは掛けてくれても良かったんじゃないか? それともアレか、取りあえず都合の良い相手だったから付き合ってやったけどサークルから離れたら赤の他人ってやつか。別に良いけど、そもそも最初から大して仲良くなかったし、分かり合えている感じもしなかったし。


 それはさておき......、


「......行ってきます」


 授業から帰ってきた音琶は、夕飯の準備中だというのに外出しようとしていた。別に夜遊びする時間帯ではないけども、折角作った飯が冷めてしまうだろう。何を考えているのかは知らないが、せめて食い終わってからにしろよ。


「どこ行くんだ」

「どこって......、今日は部会だよ?」

「そんなの知ってる。だけどもう行かなくていいんだよ。だからこうしていつも通りの時間に夕飯作ったってのに、お前が居なかったら意味ねえだろ」

「......」


 午後18時を過ぎると準備をしないといけない時間帯だが、そんなのどうだっていい。部会なんてくそ食らえだし、部外者だろうと部内者だろうと関係無い。

 あんな常識もわからない屑共の集まりに合わせてあげるほど愚かな行為はないだろうし、音琶に辛い想いはさせたくない。

 確かに明日はライブが控えているし、音琶にとってはどうしても欠かせない時間が待っているのかもしれない。


 だが、本当にそれでいいのだろうか。ライブに参加してしまうことで、音琶にとって辛い何かが起こってしまう可能性だって充分にあるし、俺に対する良くない話も聞かされるかもしれない。

 俺よりもずっと強い精神を持っている音琶のことだから、もしかしたら平気なのかもしれないけど、だからと言って放っておいていいのだろうか。そんなわけないよな......?


「でもほら、明日はライブあるから......。夏音は留守番になっちゃうけど、それが終われば私も......」

「......本当に明日が終われば辞められるのか?」

「それは......」

「わざわざあいつらに礼儀払ってまで、明日のライブってのは大事なことなのか? 俺の居ないサークルがお前にとってそんなに大事なことなのか?」

「......」

「今まではどんなに辛いことがあっても俺には音琶、音琶には俺が居たからやっていけた。だけど、もう俺は部員じゃない」

「そうだけど......! 私にはどうしても!」

「どうしても何だってんだ。今日の部会に参加したところで音琶の何になる」

「それは......! わかんないけど......、でも私はまだあそこに行かないとダメなの! まだ、やらなきゃいけないことがあるから......!」


 頑固な音琶に対して苛立ちが隠せなくなりそうだが、下を向きながら拳を強く握りしめ、嘘偽りの無い目を見せられては奴の言葉を否定することは出来なくなっていた。


 だが、それでも俺は、音琶を守り切るって決めていた。だから、いつか必ず知ることになる音琶の事情を信じつつも、今この瞬間に置かれた状況を大切にしないといけなかった。



「ああそうだな。確かにお前はただ事とは思えないことを、俺さえも予想が付かないようなことを抱えているよな。今すぐには言えないような、大事なことを隠し続けているよな。だけど、それは部室に行かないと解決出来ないことなのか?」



 音琶の過去に何があったのかなんて俺は知らない。何故こんなに焦っているのかも、どんな理由があってサークルを辞めようとしていないのかも知らない。

 だけど、何度も繰り返してきた約束を思い出すと、今音琶が考えていることを肯定は出来ない。確かにライブをすっぽかすのはバンドマンとしてあってはならない行為だが、例外だって無いわけではない。

 与えられた環境が最悪だったり、わざわざ礼儀を払ってあげられるほどの人材が備わっていない場所なんかに常識を維持する必要はない。


 音琶が何を隠しているのかは知らないが、常識知らずの屑共のためにサークルに残る選択をするのは間違いだ。


「わかんないけど......、まずは、先輩達から話聞かないと、始まらないんだもん。だから......、」

「やめろ」


 何かを言おうとした音琶を無意識に止めていた。強く奴の右腕を掴み、扉が開けられる直前まで止める。


「これ以上自分を痛めつけてどうする。確かに音琶にとって音楽は大事なものだし、俺という存在も欠かせないものだ。だからこそ、俺はお前を守らないといけないんだよ」

「夏音......」

「......あんな場所よりも、もっと良い場所を俺は知っている。夕飯食った後に、一緒に行かないか?」

「......」


 音琶はまだ迷っているようだった。だけど、俺がこれから行こうとしている場所と部室とでは......、



「......そこまで言うんなら、仕方ないかな。でも、私が満足出来なかったら、許さないんだからね」



 弱気ではあったが、ようやく折れてくれた。これで音琶もサークルを正式に辞めたってことになるよな。

 どっちみち辞める予定だったのだから善は急げってことで、明日ライブがあろうがなかろうが関係無い。礼儀すら必要ない奴らの事情なんて俺らからしたらどうでもいいし、無関係なのだ。


 サークルを辞めた所で、音琶と最高のバンドを探す冒険を辞めたわけではない。

 音琶と出会ってからの9ヶ月間をより良くするために、これから先の未来をどうしていくか、ゆっくり考えていけばいいのだ。


「取りあえず、サークルのLINE退会しておけよ」

「うん......」


 恐る恐るLINEを開き、退会の画面へと指を動かしていく音琶。その手にはまだ戸惑いが残っていたが、部会の時間になった瞬間、音琶は本格的に退会を決意したのであった。


「これでもう......、後戻り出来ないね」

「ふん、別に後ろ向く必要なんてどこにもねえよ。むしろ、今この瞬間から本当の冒険が始まるって思えばいいだろ」

「......そうだね、私達が目指しているゴールは、まだまだ先にあるんだから!」


 グループLINEに刻まれた、『上川音琶が退会しました』の文字。

 これが今後何を意味するか、どんな未来が待っているかなんて誰にもわからない。

 だけど一つだけ分かったのは、これがまた一つの新たな始まりだったということだった。

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