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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第29章
438/572

期待と幸せ、誰かが願ってくれるなら

 ***


 12月9日


 部室で立ち止まっていた音琶を呼び止め、部屋まで連れて行った。それから話を聞こうとは思ったが、音琶が何を思ってあそこに居たのか俺にはよく分からなかったし、どうしても先輩達と話さなければいけないことでもあったのだろうか。

 少なくとも今週の部会には行くだとか何だとか言っていたが、これ以上音琶を危険な目に遭わせたくなかったから俺もそれなりに説得し、何とか了承を得て昨日は終わった。


 つまりだな、あいつが取った行動については分からず終いだ。どっちみち音琶から大きな話が25日にあるらしいから、それまで待ってやるとするか。割と限界に近いけど、大切な人のためだと思うと我慢くらいは出来るさ。


 そんな中......、


「なあ滝上、そろそろライブ近いんだよな? 折角だから3人で行こうと思ってるんだけどさ」


 午前の授業が終わって昼休みに入る時間帯、一旦部屋に戻ろうとした矢先、日高に呼び止められた。結羽歌と立川までこっちに視線を向けてやがる。

 全くタイムリーすぎる話題を持ちかけてきたな、別にいいけど。


「ライブ......? ああ、そう言えばそんなのあったな」


 わざと感じ悪さを醸し出し、嫌々ながらも返答はしておく。暫く精神状態は落ち着かせたいからライブという言葉を聞くのも億劫だが、こいつらに罪はない。


「おいおい、自分のことなのに思い出したかのように言うのかよ~。お前も色々大変なんだろうけどさ」

「大変って次元は軽く超えていたけどな」

「あんまり無理はするなよ。所でライブの方は......」

「サークルならもう辞めたぞ」


 日高が言い終わる前に言葉を返す。奴らの反応なんて正直どうでもいいが、せめてもの礼儀として本当のことを告げるのが筋だろう。わざわざ嘘まで吐く必要なんてどこにもないからな。


「え......」


 悲愴感溢れる声が聞こえてきたが、構わず続ける。


「つい数日前に辞めてきた。もうあんな所は二度と御免だからな」


 それだけ言って、俺は背中を向ける。責めたいなら好きなだけ責めればいいさ、日高はともかく結羽歌は黙っていられないだろうな。

 だけど、これは俺が選んだ道。奴らに本音で刃向かうことを選び、それでも俺が願っていたことは簡単に潰されていった。


 全く、俺は不幸になるために生まれてきたのかって話だよな。

 諦める前に希望を少しでも信じて生きてきたが、結局何一つ得られるものは無かったってか。


 今度こそダメかもしれないな。

 どんなに努力しても、幸せになんてなれないのだから......。


 ・・・・・・・・・


 昼飯の間も特に大きな会話はなく、そのまま授業へと戻り、やがて解散となる。今までだったら部室に行っている時もあったが、もう俺は部員ではない。どこのサークルにも所属していない帰宅部の人間に変わり果ててしまったんだからな。

 どうせなら「帰宅部」の称号を与えてくれてもいいんだぞ、俺は帰宅部であることを誇りに思っているんだからな。

 ......自分で勝手に思い込んで虚しくなりそうだけど。


「ねえ.....、夏音君......」


 帰ろうと思った矢先、結羽歌が何か言いたげな目をしながら袖を掴んできた。

 どうした? そんなにお昼休みの重大発表に衝撃でもお受けになったのか? どうしても俺に話を聞かないと納得出来ないとでも。答えられる範囲で答えるくらいは出来るけど。


「一体、何があったの、かな......?」


 戸惑いを隠せない表情で聞いてくる結羽歌。多分こいつ午後の授業まともに聞けてないだろうな。


「別に、さっき言ったのが全てだ」

「でも......」

「何があったか詳しく知りたいってか? 残念だがそれにはあまり答えたくない」

「......」


 俯きながらも引き下がる様子は一切見せてこない。こいつも色々あってサークル辞めた身だし、色々引っかかる所はあるのだろう。ましてや留魅先輩の発言を聞いた直後の話だから、一波乱あったことくらいは察せるよな。


「音琶ちゃんは......、知ってるの?」

「ああ、知ってる。ってかLINEのグループ抜けたから今いる部員はみんな知ってるだろ」

「そっか......」


 抜けた、というよりは退会させられた、という方が正しいけどな。現段階で音琶はまだ抜けてないみたいだけど。



「あ、あのさ......、実は私、年が明けたら音同に入ろうかなって思ってるんだけど、もし良かったら、夏音君も......、勿論音琶ちゃんも、どうかな......?」



 一瞬結羽歌が何を言っているのかわからなかった。こいつが頑固で面倒な奴だってことは良く知っているが、まだ音楽に対する熱があるってか。

 俺の知らない所で何かがあったんだろうけど、確かにあんな真剣な表情でベースと向き合っているんだから、そう簡単に諦められない謎の感情がどこかに潜んでいるんだろうな。


 別に俺だって、音同を否定するつもりは毛頭ないし、希望があるのなら入ってもいいとは思っている。だが、環境や金の問題、今までのトラウマを考えるとどうも即座に決断出来ない。結羽歌には俺の抱えているものが小さく見えているのかもしれないし、琴実という絶対的信頼を得られる友人が居るからこそ音同への意識が強いのかもしれないが、結局の所、結羽歌は結羽歌、俺は俺なのだ。


「ダメ......、かな......?」


 自信なさげに問う結羽歌だが、俺が音同に入ることは本気で願っているようだな。真っ直ぐな視線が痛いくらいに伝わってくる。



「別にダメとは言わねえ。だけどな、俺にも俺の事情ってものがある。今は折角サークルから解放されたんだから、少しゆっくりしたいのが本心だ」



 俺なりに、相手を気遣う言葉を投げかけてみる。その言葉を結羽歌がどう捉えるかは別としてだけどな。


「まあ、お前の言葉は頭の片隅にでも置いておく。決心が付いたらお前の思い通りになるかもしれねえけど、そんなのまだ分からねえ」

「そっか......。でも、良かったね」

「良かったって何がだ」

「夏音君、これでもう嫌な想いしなくてよくなったから......。これから、みんなで楽しい思い出作っていこう......?」

「......」


 結羽歌の言う楽しい思い出、というのがどういうものなのかは検討も付かないが、誰かが俺の幸せを願っているというのなら......、その期待に応えてやるのも悪くない。


 夢見がちで馬鹿な俺は、またこうして誰かの優しさに流されてしまうのだ。

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