疑惑、巻き込みたくないから
起床は昼過ぎだった。
バイトの翌日の日曜日はいつもこんな感じではあるが、今回は胸の奥に引っかかっている言葉があった。
過去に部員が死んでいる、という留魅先輩の言葉。いくら酔っていたとは言え......、いや酔っていたからこそか、勢いで言ってはいけないであろうことを口に出してしまったのだ。恐らく。
本当かどうかなんてわからないし、あの言葉を確認する手段だって限られている。ましてや先輩達に聞いた所で意味が無いに違いない。如何なる方法でもサークルを去った人間の干渉を一切しない奴らのことだ、しらばっくれられるのがオチだろう。
だが、仮にもし本当だったとしたら......? 留魅先輩は事故で片付けられたって言っていたけども......。
まあ、これだけ大規模な大学なのだから、生徒一人が死んだ所で特に大きなニュースになるとは思えないし、直接部員の死に関わっているという決定的な証拠が見つからないのなら、事故ってことになってしまうのであろう。
あれだけ先輩達が好き放題飲ませているのだから、死人が出ても不思議ではないがな。隠蔽しているのか、それとも本当に事故として片付けられているだけなのか......。
事故にも色々な種類があるし、上手いことあいつらに容疑が掛からないようなものだったって可能性もあるけどな。
「......俺も他人事ではないよな」
昨日の打ち上げを思い返しても自分なりの収穫はあったし、どうせサークルを辞めるのなら音同に対する意識を少しでも向けておかないと、いつまで経っても願いは叶わない。
自分にとって何が大切で誰と共に過ごすことが幸せなのか、今一度よく考えておかないとこの先大変なことになるかもしれない。
「他人事じゃないって何が?」
ふと、音琶の問いかけで我に返る。自分の世界に入ってしまっていたから思っていたことが口に出てしまっていたようだ。
打ち上げ前の何か言いたげな表情まで思い出されて、どう返答すればいいのかよく分からなくなってきている。
「あ......、いや別に。昨日のこと思い出していただけだ」
咄嗟に話の根端を濁らせ、部員が死んでいるという話題に触れないよう言葉に気をつける。
あの時、留魅先輩の言葉を聞いていたのは俺や響先輩だけでない。音琶と結羽歌もすぐそこに居たから、間違いなく聞いていたはずだ。大して酔っていなかったから覚えていない、なんて言葉は通用しないからな。
そもそも音琶とはここ最近上手く行っていないのだし、下手に感情を揺さぶるようなことを言ってしまったらどうなるかも想像が付かない。
「昨日? そいえば夏音は響先輩と、あともう一人と話していたよね? バンド的に音同の人ってことでいいのかな?」
「まあ......、そうだな」
どこまで話せばいいのだろうか。音同の主な活動や雰囲気については聞かれたら答えるとして、最後の留魅先輩のことを聞かれた時は......、
「やっぱり、LoMのコピーに心打たれちゃった?」
「......」
特に重大な話じゃなくて安心した。いや、LoMが関わる話題が重大じゃないわけではないけど、音琶と込み入った話をする気が全くないからこその感情が芽生えたってことで。
「別に、少し疲れただけだ」
「へえ......」
俺の返答に少し残念そうな表情を浮かべる音琶。もっとポジティブな感想が欲しかったのか? 別にいいけどさ。
「そんなことより、さっきから夏音のスマホ、何回も通知来てるよ? 見なくていいの?」
「あ......」
音琶に言われて初めて、さっきからスマホの通知が鳴り続けていることに気づいた。通知音すら聞こえなくなるくらい俺は昨日の話に惑わされているってか。大した集中力だな。
にしてもLINE以外まともにSNSを活用していない俺のスマホに何が起きているというのだか。ただの迷惑メールとか宗教勧誘とかじゃなければいいけども。
「......!」
だが、通知を見た瞬間に何度も感じてきた絶望が再発する。
そこに並んでいた文字は、どんな迷惑メールよりも質が悪くて、どんな宗教勧誘よりもいかれている。
部長:はやく部室に来い、話がある
部長:いつまで返事しないんだ、部長の命令だぞ
部長:2年生以上全員で待っている。来ないならお前の家まで行くぞ
戸井茉弓:何企んでるのか知らないけどー、謝るなら今のうちだよ?
戸井茉弓:ねえねえ、先輩からのLINE、どうして返せないの?
戸井茉弓:私だって暇じゃないんだからさ、はやくしてよ
通知画面をスライドしていくと、何十件もの先輩達からのLINEが流れていく。電話まで掛かっていたみたいだが、それは寝ている時間のものだった。
昨日の打ち上げで俺が取った行動に対する不満ってことでいいのか? だとしても何故先輩全員が部室に集まって俺を呼んでいる? 点数が落ちるところまで落ちたって解釈でいいのか?
「夏音......? どうしたの?」
スマホ片手に固まる俺を見て、音琶が心配そうな顔を向けてくる。それなのに......、
「いや、大丈夫だ」
どうしてか、この時の俺は変に気を遣っていた。昨日の話が俺の中で響いてしまい、音琶に心配を掛けたくない、音琶に辛い想いをさせたくない、という気持ちが勝ってしまったせいで無理に強がっていたのかもしれない。
「用事思い出した。今から出かけてくる」
「えっ......!? ちょっと!」
驚いた音琶が俺を呼び止めるが、構わず外に飛び出す。
ライブだって近い、下手に今ここで先輩達の通知を無視したら音琶にまで負担を掛けてしまうだろう。そもそもLINEの通知は俺にしか来ていないのだし、音琶は昨日、ただ普通に打ち上げに参加していただけだ。何も先輩達からの攻撃を受ける必要なんてない。
別に俺が何か悪いことをしたというわけではないが、あいつらから呼び出しが来るってことはよっぽどのことだろう。音琶を巻き込みたくないし、仮にあいつらと決着を付けられるというのなら、俺一人で立ち向かってやるよ。
音琶には、終わった後に説明すればいいのだから。




