返事、小さくても
ちゃんと見ていた。瞬きも許されないほどに、ステージ上の輝きを見つめていた。
本来得たはずの環境を捨ててまで音楽を信じ続け、理想の舞台を追い求め続けていたとでも言うのだろうか。
いや、ただ単に音楽が好きなだけで、好きなことを何の苦も無く出来れば、例えどんな粗末な環境でも楽しめるんだろうな。
自分と比べて思う。そもそも俺は音琶に誘われてからもずっと、音楽を好きになれていなかったのだ。音琶が居なかったら......、ということも考えていたが、その考えも甘かった。自分の意思で音楽に向き合おうとしていなかったし、音琶に言われるがままの行動をすることが精一杯だった。音琶のことを好きになったから、音琶と音楽を並べて見ていた。そのせいで自分の本当の感情に気づけなくなっていた。感情が麻痺していた。
俺が本当にしたかったことは何だったのか。今までの経緯を振り返っても、正解が見当たらない。これから先、俺が抱いている感情がどう転ぶのかも予想出来ない。
響先輩達の演奏を見て思ったこと、それが俺の本心なのかもわからないし、後悔する結果に繋がってしまうかもしれない。
だけど、これこそが俺の求めていたモノなのではないだろうか。理想が増えたことで、音楽と向き合う気持ちが強くなっているのは事実だ。
好きになれるかはやってみないとわからない。やる前から決めつけたって、何も始まらない。
もしかしたら、音琶が初めて俺に話しかけた時も、こんなことを思っていたのかもしれないな。
・・・・・・・・・
「お疲れ様です! この後打ち上げになりますので、是非参加してくださいね!」
オーナーが威勢良く打ち上げの告知をしてくる。参加するかしないかは自由、帰る奴は帰るし、残る奴は残る。運の悪いことに......、よりかは予想通りと言った方が相応しいか、軽音部の奴らは参加するらしい。どうせライブ前に先輩共が1年に『打ち上げは参加しろ』みたいな圧を掛けたんだろうけどさ。
来年以降、改心しない限り先輩達の奴隷になることは確定事項だし、幹部にもなれないのならこういった場所には無理矢理連れて行かれそうだし、サークルの雰囲気に溶け込ませるような調教とかまで考えてそうだ。
鈴乃先輩は途中まで上手く合わせていたみたいだから、サークル内での進級が出来なかった時のことについては教えてもらっていない。だが、碌な目に遭わないことだけはわかっているし、辞める決意をしたことに間違いはない。断じてそう言える。
「.........」
その時、音琶が無言で服の裾を掴んできた。完パケ状態だし、後は参加するかしないかの意を決めるだけだが、果たして音琶は何を言おうとしているのか。
「......どうしたんだよ」
尋ねるが、返事はない。頬を赤らめながら口元を震わせているが、言葉を発さないと何を言いたいのかが全く分からない。
「~~~~っ!!」
頭から湯気が出てきそうな勢いで赤くなっていく頬周り、それでも呻き声のような声を上げるだけで全然口を開こうとしない。
「......打ち上げ、行くのか?」
これ以上期待しても無駄だと思い、先に俺が音琶に尋ねる。すると......、
「うん......」
こくりと頷き、ようやく音琶から可愛らしい声が聞こえてきた。
まあ、自分の父親が組んでいるバンドのコピーともなれば、響先輩達と話してみたいという気持ちは芽生えるよな。サークルの奴らが居ることなんてどうでもいいくらいに、気になることがある。
なかなか口を聞けてない時間が続いているが、考えていることは相変わらずのようだった。
「......だったら、立ち止まってないで早くするぞ。スタッフが人を待たせてどうする」
「うん......」
少し恥ずかしそうに、だけどどこか安心したかのように、少女は返事をしてくれた。
俺の決意を完全に固めるには、これから始まる打ち上げに掛かってそうだな。




