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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第29章
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理想を得るためにはどうしたらいいのか

 聖奈先輩が率いる上級生バンドの出番が終わり、奴らは満足そうな顔をしながら他の部員と話している。一体何がそんなに楽しかったのかわからないが、やり切れたかのような表情をしていたし、あいつらなりの演奏が出来ていたってことでいいのだな。

 部長に関しては機材の片付けが終わったら颯爽とビール頼みに行ってたし、結局は酒の為か? いや、俺が嫌いなだけで、出番が終わった後に酒を注文しにくる客なら沢山見てきた。サークルに限った話ではないから今のは訂正しよう。開演前から飲んでる奴も居るけどな。


 それはそうと、転換の時間なのだから俺も最後のバンドのためにアンプやマイクの調整をしないといけない。ハケが終わったのなら最後の準備に取りかかって、重い機材があるのなら手伝って......。

 と思ったが、流石に音同ということもあってか用意する機材は少なかったようだ。元々ここにあったアンプしか使わないみたいだし、エフェクターの数だってそんなに多くない。

 端から見れば地味な取り付けだと思う。トリを務めるバンドの風貌ではないと思われても仕方無い。これだと転換の時間が余るのでは? ライブをスムーズに進めるために最低限の機材しか持って行ってないのだろうか、それともただ単に部費が無いから機材をあまり買えていないとか?

 そうでないにしてもあまり魅力を感じないサークルではある。どうせならもっと曲のバリエーションを増やすためにも多くの機材を使って様々なジャンルの曲に挑戦した方が自分のためにもバンドの為にもなるとは思う。

 響先輩達がこれからどんな演奏をするのかなんて誰にもわからない。転換の手伝いをしている音琶はどんなことを思いながら彼らを見ているのだろう。俺と同じく地味な取り付けだと思っているのだろうか、それともトリに相応しい壮大な演奏が繰り広げられると思っているのだろうか。

 結局は俺のやるべきことは変わらないし、どんな演奏になろうともライブは完成させないといけない。特に印象に残るバンドにも出会うこと無く、自分の仕事は終わる。

 あと20分くらいか、それくらい余裕だな。


 ・・・・・・・・・


 暗転、その直後に始まる音色、何かを期待していたわけではない。むしろ早く終わって打ち上げにも参加せずに部屋に帰って眠りたいと思っていたくらいだ。

 どうせ先輩達がいるであろう打ち上げなんて、参加しても時間を無駄にするだけだ。だったら何の苦しみも感じない自分のテリトリーに戻るのが最善だし、あいつらだって俺と打ち上げを共にすることを望んでいないだろう。

 ......それ以前に、もうすぐ音楽を手放すのだから、今更打ち上げがどうとか考えるまでもなかったな。


 だと言うのに......、


「.........!?」


 PAの最中だというのに、一瞬手が止まりかけた。

 意識していなかったから瞬時に気づくことは出来なかったが、いつか聴いた......いや、いつも聴いてたフレーズが耳の中に入っていく。

 ドラムを始める前、何気なくテレビで観ていた音楽番組、幼いながらも感じた旋律の魅力、画面越しに伝わる他の演者とは違う音楽への想い、あんな風に自分もなりたいという小さな意思から始まった音楽との生活。


 再び思い出させられる。どうして、どうしてこんな時に限って、またあの時のことを思い出さなければいけないんだよ......。

 どうしてあの人達は、LoMのコピーなんかしてるんだよ......。


「......ふざけんなよ、なんでなんだよ......」


 PA卓を動かす手が何度も止まりそうになる。止まりそうになるけど、止めてしまったら思い入れのあるバンドのコピーが台無しになってしまう。そんなことを思うと怖くて止められない。辞めようとしているはずの音楽への想いが出戻りそうになってしまう自分自身も怖い。

 だけど、好きなバンドのコピーを聴いて心が浮ついてしまう時点で、俺は何一つ変われていない。俺はもう、音楽から離れて、不自由のない生活を求めていたというのに、自分の意思に反してしまっている。

 本当に離れたいのなら、好きなバンドのことも忘れているはずなのだ。だけど、俺は、忘れることが出来ていなかった。何の曲か分かってしまった時点で身体が反応してしまった。反応してしまうくらい、本物の演奏と、そっくりだったのだ。


 音源を何度も何度も聴き返しては特徴を捉えていき、少しでも本物に近い演奏をしていきたいという想いが融合した結果だろう。

 どれほど練習を積み重ねたかは知らない。少ない機材で出来ることを最大限に活かすのは難しいことだけど、まるで不可能を可能にするかのような、そんな演奏......、


「......」


 PA卓を動かしては止まりそうになっている俺を余所目にするかのように、音琶が一瞬だけ俺のことを見ていた。

 父親が組んでいるバンドのコピー、それに憧れている俺を意識しないのには無理があるか。何せ鳴フェスで2人一緒にLoMの舞台を見たというのだから。


 音琶に話しかけようかと思ったが、返事をしてくれるだろうか。それが怖くて、なかなか行動に移せない。別にライブが終わった後でも出来ることだから、別に後回しにしたっていいよな......?

 どうせなら響先輩達がどんな演奏をするのか、残された時間で堪能したいし、打ち上げだって......、


 ......あれほど参加を拒んでいた打ち上げに参加したいという気持ちが芽生えてしまった。どんな嫌がらせやアルハラを受けるかもわからないというのに、あのバンドのメンバー全員と話をしてみたい、そう思うようになっていた。


 始まる前に見た響先輩の、腹を決めた様な表情と声を思い出す。あの顔と声が俺に対して向けられたものだとは思っていない。だけど、自分自身、そして引っ張ってきたメンバーへの熱い想いが全て合わさって、誰かの心を掴む演奏が繰り広げられている。

 その誰かが、誰のことを指しているかなんて、俺がわざわざ説明するまでもない。認めたくもないけどな。


 裏切られては救われて、裏切られる。その先に救いがあるか無いかは自分の選択次第、ってか。別に選んだわけでもないけど、遭遇した現実に救いがあるなら、裏切られること覚悟で救いを信じるってのも一種の手か。

 情けない話だよな。どれだけ俺は自分の意思が弱いんだか。呆れるくらいに笑ってしまうよな。


「ふざけんな、ふざけんなよ......」


 自分自身が信じられない。音楽に対する希望を未だに信じている自分が信じられない。要らないと捨てたはずのものを堀り起こしている自分が情けない。

 だけど、そんな俺を俺自身が止めることが出来なかった。今日のライブが終わった後、響先輩に聞きたいことが山ほどあったから、今すぐに聞き出さないと後悔すると思ったから。


 もう止められなかった。こんな演奏をどうやって手に入れたのか、どうやったら理想の音楽を手にすることが出来るのか。

 出来なかったことを叶えるには、どうしたらいいのか、俺は知りたい。

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