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俺のドラムは少女のギターに救われた  作者: べるりーふ
第29章
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対バン、見失ったもの

 地位としてはサークル上位に君臨する奴らの演奏、実力があることは認めてやってもいいかもしれない。だけど、好きなことに集中していれば誰だって特技を手にすることは出来る。

 俺だって12年もの長い年月をドラムと共にしてきた。好きなことだったから、周りからどんな目をされていても、平然と振る舞うことは出来た。


 好きなことだったから、上手くなることが出来た。特技として誇りに思うことが出来た。

 好きなことだったから......、大切だと思える人に出会うことが出来た。


 ステージに立っている4人は、果たして音楽に対してどのような感情を抱いているのだろうか。

 一応、と言うよりかはしっかりとした形にはなっている。でも結局はただ弾いているだけ、叩いているだけ、歌っているだけ。与えられたノルマを果たす以外のことは考えていないような、退屈で面白味のない薄っぺらい演奏が繰り広げられていた。

 初めて見た時は奴らの演奏の方が俺や音琶、結羽歌や琴実よりもずっと上だと肌で感じていた。だが、時を重ねていく内に初心者だった結羽歌達はどんどん上手くなっていったし、そもそも先輩達のバンドは現状維持を貫くことしか出来ていないように見えた。

 あんな環境に囚われているのだから、自分が目指していたものを見失っているのではないだろうか。本気で音楽を楽しめているだなんて、とても思えない。思いたくない。

 まだ俺の方が、希望を信じて頑張れていたと言えるはずだ。その希望も叶うことなく消えてしまいそうだけど、それでもまだ、大切な人を信じようという気持ちにはなれていた。

 果たしてあいつらは、音楽を始めたばかりの頃と同じ気持ちで演奏が出来ているのだろうか。


「......出来ているわけねえよな」


 PA卓をいじくりながらライブの光景を眺め、思わず言葉が漏れていた。俺の独り言は周りの音でかき消されていたから誰にも聞こえることなく流されていった。


「......俺も同じか」


 音楽を始めたばかりの頃と今では勿論異なる心持ちだし、時を重ねる毎に嫌になっていたのかもしれない。

 音琶との出会いは単なる延長戦だっただけで、音楽を手放す運命は変えられない。奴らの演奏を見て尚更そう思えるようになったな。

 嫌いな奴らの演奏を見れば見るほど自分の感情に気づけていくようで清々しい、何が楽しくてやっているのかすらも分からなかったのだから、より一層自分の決意に間違いがなかったことに安堵していた。


 ただ上手いだけ、上手いだけでは上を目指すことなんて出来ない。誰かを本気で楽しませることの出来る演奏、それこそが俺の目指していたものだったのだけど、誰にも理解してもらえなかったのだから仕方無い。

 結局は俺には不向きだっただけの話なんだよ、もっと他のことに一生懸命になっておけば違う人生だっただろうな。


 印象にも残らないバンドの演奏、そんな演奏のPAをするだなんて、退屈にも程がある。

 そんな演奏を見て盛り上がっている部員含めた観客共は馬鹿なのか? 盛り上がらなければいけない状況にわざわざ合わせているだけかもしれないけど、あいつらがどんな人間かも知らずに

 我ながら皮肉が過ぎるとは思うが、今まで散々俺を苦しめてきた奴らを下に見ることで自尊心を保つことは出来ている。

 誰のせいで俺がここまで追い詰められたのかって話だよ、入部してから今まで2つバンドを組んできたけど、どれも中途半端で面白みがなかったな。

 12年間も音楽に触れてきて本気で楽しめる演奏が出来た瞬間は、初めてドラムに触れた時だけだな。それ以降は悪夢の始まりでしかなかった。

 音楽という概念を信じ続け、麻痺した感覚が12年も俺を締め付けていた。大切だと思える人に出会えたから、もう一度音楽を好きになれると勝手に思い込んでいた。


 希望なんてもう、俺の手元には残っていない。

 音琶の願いも、俺が信じていたことも、現実にすることなんて、出来なかったんだよ。


 ・・・・・・・・・


 演奏を見るだけで皮肉な気持ちを抑えられなくなっていたというのに、まだもう1バンドのPAを担当しないといけないんだよな。

 まああれほど響先輩が思い切った顔して決意を口にしていたんだから、俺とは関係無くとも音楽に対して希望を感じている人の演奏くらいは見てやってもいいかもしれないな。


 もうどうだっていいけど、俺だってやるべきことは最後までやるって言ったんだし、発言を蔑ろにするほど薄情ではない。

 だけど、俺と似たような境遇に対面して絶望を味わったのなら、その先に見えるであろう演奏なんてたかが知れている。


 結局俺は、何も信じれなくなったあの頃に逆戻りしただけだったんだな。

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