自棄、辞めたかったもの
12月3日
「お、お邪魔します......」
授業が終わった後、結羽歌を連れて部屋に招く。前期の時も勉強会とやらをしたことがあったが、その時はまだ音琶と同居してなかったし、日高と立川も付き合ってなかった。
前までなら簡単に出来ていたはずのことが、いつの間にか当たり前じゃなくなっていて、心苦しささえ感じてしまう。近くにあったはずのものが遠くに行ってしまう感覚は、いつになっても好きじゃない。
だから結羽歌だけでも、と思って勉強会を始めようとしたのだが、果たして上手く事は進むのだろうか。
「音琶居ないのか......」
「連絡、してないの?」
「一応したけど返事がない。結羽歌が来てくれたらあいつも喜ぶと思ったのだが」
「授業中なのかも、しれないね」
鍵はポストに入ったままだったし、リビングも閑散としていて薄暗い。日が短くなって、夕方の時間帯でも電気を付けないとまともに勉強出来ない。電気代節約のためにも図書館を使うべきだと改めて思ったが、正直な所大勢の人が居る場所では集中出来ないし、個室は3人以上じゃないと使えない。確保出来る場所は俺の部屋しかないのだ。
「まあいい、時間が勿体ないから始めるぞ」
「う、うん......」
手早く事を終わらせるためにも、結羽歌をミニテーブルの前まで連れて行き、そのまま教科書とノート、筆記用具を広げていった。
「夏音君は......、サークル忙しいのに、全部秀取れてるなんて、凄いね」
「別に、授業聞いてればあれくらい余裕だろ」
「そ、それは......。夏音君が頭良すぎるからだと思うけど......」
皮肉を込めて言ったせいで結羽歌に若干引かれてしまったが、俺の中ではそれが当たり前なのだ。結局は秀を取れないのは授業に集中出来ていないからで、授業中に授業とは関係無いことを頭の中で考えているから手遅れになってしまう。
誰かを頼らないと単位を取れないくらいまで追い込まれて、どうしようもなくなってしまった所で見つけた道。結羽歌は俺に教わるという道を選んだのだ。
まあ別に、面倒だとは思って無いからいいけども。
「......すまんな、お前だって必死だったんだろ」
「うん......、前期で何個か落としてるし、来年再履修もあるから、焦ってて......」
前期の間はサークルに時間を縛られていた結羽歌だが、人一倍ベースが上手くなりたいという想いがあった。その想いが結果に繋がっていることはとうの昔に知っているし、誰にも負けたくないという気持ちが授業への集中力を削いでいたのだろう。
結羽歌にとって、勉強よりもベースの優先順位の方が高かった。たったそれだけの話なのだ。
「お前の努力は伝わってるから、あまり心配するな。俺にとって音楽ってのはそこまで重要なものではないからな」
「えっ......?」
......俺は今、何を言っていたのだろうか。結羽歌が目を丸くしていたから、何とかして我に返ることは出来たものの、自分の発言を俄に信じることができなかった。
「......いや、今のは嘘だ。気にするな」
「えと......、その......、うん......」
動揺を隠せない結羽歌だったが、何とかして今の発言を忘れてもらわないとな。雑談は切り上げて早いとこ本題に入らなくては。
「単位......、落とせないんだろ。ちゃんとペン動かせよ」
「は、はいっ......!」
俺にとって音楽は重要なものではない。
その言葉は咄嗟に出た本音だったのだろうか。音琶が居なくて良かったと思わざるを得ない言葉だったが、どうしてあんなことを......。
いや、どうしてもこうもないか。あれほど音楽のせいで良くないことに巻き込まれて生きてきたのだ。音楽という概念に嫌気が差すのも時間の問題だったのだ。
音楽に触れていなければ、ごく平凡の普通の生活が送れていたのかもしれない。大変な想いもしないで生きていけたかもしれない。
何が俺を変えてしまったのか、そんなの1つしかない。
音楽が俺の全てを変えてしまった。一度辞めた音楽への嫌悪感が、9ヶ月前よりも鮮明に浮かび上がってくる。
そうだよ、俺はサークルを辞めるだけではなく、音楽そのものを辞めたかったんだよ。
満足に奏でられなかった音楽なんて、俺には不要だったんだよ。だったら、今度こそ最後にけりを付けてもいいんじゃないのか......?




